次回公演予定


2018年5月18日(金)〜20日(日)
あべあゆみ一人芝居
「言葉を纏ふ 〜纏の二 太宰治『きりぎりす』〜」
Gallery & Space しあん(新御徒町)


もう少し詳しい情報はこちら
よろしくお願いします

2016/3/18

『大地を受け継ぐ』  めっけもの

知人に勧められた映画を観てきた


『大地を受け継ぐ』

知らなければ、何も始まらない
だから、ボクらは福島へ向かった



福島第一原発から65キロメートルの場所で
農家を営む方が
ご自身に起こったことを淡々と語る
それを聞く東京都の学生たち

内容は全部チラシに書いてある
観るべきはたぶん
そこに生きる人の顔や姿や声
価値のあるドキュメンタリー映画だった
と思う


だけど
アフタートークでこの映画で監督さんが熱く語り始めた
この映画がどれだけのことを語っているのか
福島の現実を知ることにどれだけの意味があるのか

この監督さんは熱心に
自分が正しいと思うことを訴えてるのだと思う
その中で

「今の日本映画で
語るべきことを語っている映画がどれだけあるか
ドキュメンタリ―は頑張ってると思うけど
メジャーな映画は
毒にも薬にもならないようなことばかり
映画館を出たら3分で内容を忘れてしまうようなものばかりじゃないですか」

…というようなことを言っていた


私は
自分が正しいことをしているという自信は
こんな暴言を吐かせてしまうんだ
ということが
むしろ恐ろしかった


「自分の言ったことが
どれだけの力で人を傷つけるか
あんまりにも想像力のない人間が
政治家をやってる」

…と非難するけれど

自分の言っていることが暴言ではないかと
考えることをしないのは
似たようなモンじゃないかと
なんとなくしらけた気分になった


被害者の反対は加害者
人を傷つけることはいけない
責任を取らないことはいけない
子供でもわかるような「正しさ」は
振りかざせば最強で
一切の反論を許さない


この映画を観て
まっすぐに耕運機を運転するお兄さん
福島産の野菜を買わないことに「気持ちはわかるよ」と即答したお母さん
色々感動するところはあったけれど

それを表現にする方は
それを聞く学生が涙ぐめばここぞとばかりにアップする

「ほら!感動するでしょう?まともな人間なら心を動かされないわけがない!」
と言われているようで
なんとなく反発してしまった


とはいえ
ある当事者の声をそのまま映画にした
観る価値のある作品ではあると思います

ポレポレ東中野にて
17:10から
3月25日までやってるようですよ
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2015/4/17

かわいいひと  めっけもの

「全てに意味を見いだせる素晴らしい想像力と
負けない強さ持ってる
君は
かわいいひと」

槇原敬之さんの言う「かわいいひと」

まさに私の目指すところであります


飲み会でサラダを取り分けるような
いわゆる女子力は高くないけれど

私はいつでも
今が一番
「かわいいひと」であると
何歳になっても
言い続けるひとでいようと思います
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2014/3/23

緊縛教室での三縛  めっけもの

緊縛教室にモデルとして参加

一縛目

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二縛目

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三縛目

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縄は太さとか長さとか
色とか
本当に様々で
聞けば聞くほど奥が深い

「生け花」という例えは
とても的を射ているなぁと思う
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タグ: 緊縛 和服

2013/8/26

所沢市の能楽ワークショップ  めっけもの

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所沢市主催の
能楽ワークショップに参加してきて
講師である
観世流能楽師 遠藤喜久先生と
一緒に写真を撮ってもらった


一昨年
当時は神奈川県在住の身でありながら
片道交通費710円
一時間半かかっても
このワークショップに参加しようと思ったのは
発表会まで含んでいる、という内容と
その安さに惹かれたからだった

6回程の稽古と先生のお話
最後に大きな舞台で発表会までやらせてもらい
先生の能舞台までみせてもらって
参加費は6000円

能楽のワークショップは
結構あちこちで開催されてるみたいだったけど
この所沢市のものほど
リーズナブルなものはなかった


今年、私は二回目の参加で
一昨年と同じ『唐船』という仕舞を教わり
発表会には友人が母上様を伴って観に来てくれた


能は、650年も前から続いているという
続いているのは
先人たちが今まで伝え続けてくれたからだと
先生は言った

今後も続くためには
我々が伝え続けていかないといけないと

なんとなく敷居が高いような気がする古典芸能も
なるべく身近なものとして
触れる機会があればと
先生は子供からお年寄りまで
分かりやすく伝え続けている



所沢市長が言っていた
財政がひっ迫したとき
まず削られるのは文化なんですと
生きていくのに
直接必要がないと思われるからだろう


サッカーをやる人は
こんなに球場は要らないと言い
野球をやる人は
サッカー人口が多すぎると言う
文化に馴染みのない人は
文化施設は不要だと言うものです

若干ウロ覚えだけど
市長さんはこんな事を言っていた

まったくそうだなぁと思う

なので
文化が大事だと思う人は
ちゃんと文化を大事にすることを
なるべく声や行動にしていないと
文化要らない、という人に
負けちゃうんだろう

文化の予算より
医療費の予算の方が大事だ!と言われれば
やっぱり説得力あるもんな


私は
文化、と括られる辺りのものは
好きだしなくなって欲しくない

あまり出せる金は多くないけど
こんなものがあるよと
あちこちで語るくらいの事はタダだし
少しでも貢献できればと思う
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2013/6/3

エンドロールの向こう側  めっけもの

先日、パルコ劇場で
寺山修司原作
『レミング〜世界の涯まで連れてって〜』
を観に行った

八嶋智人さんと
ラーメンズ片桐仁さんが観たかったので
チケット代は若干高めだったが
観に行った


作中

「じゃあ、先に行ってるぞ」
「おい、どこに行くんだよ」
「エンドロールの向こう側だよ」

ウロ覚えだけどこんな感じの会話があった

片桐仁さんの言った
「エンドロールの向こう側」は
どんな場所かはわからない

でも確かに
片桐仁さんの言葉の中に
「エンドロールの向こう側」が見えた


これが
俳優の力か、と思った
俳優の役割か、と思った

寺山さんの書いた言葉なのかもしれない
けれども
それを「みせる」事は
俳優にしか出来ないのかもしれない


作品自体とても良かった
けれども
この一言は
作品以上に忘れられないものになった



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2012/8/15

負けてられませんよ  めっけもの

ある小さなライブハウスで
私に感動をくれたアーティストさんは
その表現のみで収入を得ているわけでは
多分ないだろう

けれども

大きなコンサートホールで
その表現のみで収入を得ている人と同じくらい
時としてそれ以上の
感動をくれるんだ


「ハッキリ言ってオナニーですよ」

と彼は言った

でも
これだけ全身で全力で命をかけたオナニーなら
金を払ってでも観たいと

少なくとも私は思った


負けてられませんよ


価値の所在は
ここだ
世間になんて
評価されてたまるか
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2012/3/28

愛は差別ある愛ゆえに  めっけもの

現在読んでいる小説からの一部抜粋


「人はすべてを平等には愛しえない

愛は差別ある愛ゆえに
愛する者にとっても愛される者にとっても尊い

親が我子を差別的に愛し
友が親友を差別的に信頼し
身近なものを遠いものよりより強く愛する人間の本性を
私は率直に認めようと思う

人間はしょせん自分の生活圏、自分の社会圏の事どもにしか反応しえぬ

であるならば
愛情に位階のあることを万人がはっきり認識した上で
ことを始めるほうがより正直であり、より正しい

肉親を愛し、配偶者を愛するがごとく、万人を愛することは不可能だ

その愛の幾分かを分かつことのできるよう自分を訓練せよと言うことができるにすぎぬ」


言われてみれば

万人を救うために
自分の仲間を傷つける

そんな正義は
安定感がなくて信用できない
ような気がする


万人の平和なんて
立派に唱える必要ないんだ

自分の愛する人を守りたいって
素直に言えばいいんだ
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タグ: 邪宗門

2012/2/5

言い訳を許容するからダメになるんだ  めっけもの

朗読の舞台をふたつ観た


朗読、の定義はおいといて
両方に概ね共通していたのは
テキストを持って、それを読み聞かせるという手法

基本的には、暗記をして自分の言葉のように語る演劇とは
テキストを持っている、という点が
まぁ、わかりやすい違いだろう


観る方からすれば
演劇に比べ
朗読は動きが少ない
その場で文字を読んでいる分
そのままでは
「誰にでも出来る」感がある

それでも
わざわざ「観る」には
そこに何か価値があるからだろう


読み聞かせる、という技術
文章の抜粋のしかた

自分で作る(または選ぶ)詩
その見せかた


とても見ごたえ、聞きごたえのある朗読は
やっぱり素敵だと思う
「誰にでも出来る」ものではないと思えばこそ
お金や時間を遣って
観に行こうとする


しかし中には
その「誰にでも出来る」感だけ受け取ったのか
大した練りもなしに
「自分でも出来る」と出てくる人もいる

「自分でも出来る」という敷居の低さは
始めよう、という人間に
とてもありがたいものかもしれないが
実際に人前に出るなら
それ相応のものを見せるべきだと思う


安易に「自分でも出来る」と出て来て
おそらくは大した訓練もせず
人前に出る覚悟を見せず
素人くささを前面に押し出し
観客に寛容さを要求する人を
残念ながら見た


常日頃から訓練をして
覚悟をもって作品を提示している人たちに
本当に失礼な奴らだと思う


表現、というもの全体の
品位を貶める
言い訳の跋扈


大嫌いだ




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