次回公演予定


2018年5月18日(金)〜20日(日)
あべあゆみ一人芝居
「言葉を纏ふ 〜纏の二 太宰治『きりぎりす』〜」
Gallery & Space しあん(新御徒町)


もう少し詳しい情報はこちら
よろしくお願いします

2012/6/14

河童のつかみどりとかっぱぼ2012  河童本舗鮎支店

『河童のつかみどり』

無事、トラブル等も特になく終了致しました
ご来場下さった皆様
ご来場を検討して下さった皆様
応援して下さった皆様

ありがとうございました


その後
お誕生日当日はかっぱぼツアー
河童氏のお父様や私を含め計5名での墓参り


その時に
初めて墓前で手を合わせた


クリックすると元のサイズで表示します



それまでは
冥福を祈るわけでも
「安らかに眠れ」と思ってるわけでもなく
ただ
「また飲みに行こうよ」と思ってる人間に対し
合掌する事に違和感があったんだと思う


通夜でも墓参りでも手は合わせなかった


今回
一つ大きめのヤマを作って
別に何か整理出来たとかじゃないんだろうが
とりあえずそれを越えてみて
何か腹を決める気になったのかもしれない


目をかっぴらいたまま
ただ手だけを合わせ
墓石を睨み付けてやったが
悪い気はしなかった


「生きてても死んでても先輩は先輩だ」
そうは言っていても
死んだら死んだときの対応が出来なかったってことは
死んだって事を認めてなかったんじゃないか


死んでてもいい
だから
死んだって事を認めてみようかと
そう思ったのかもしれない




とにかく
約束は守れた

また5年後くらいにやろうかどうしようか
それは別の話
クリックすると元のサイズで表示します
1

2012/6/5

見えないアーティスト  河童本舗鮎支店

河童氏は
自らを「のほほんクリエイター」と称していた

前に話した時に感覚で納得した事を
ムリヤリ言葉にするなら


材料があって、それをなんとかして何かを作るのが「クリエイター」
なんにもないとこから何かを生み出すのが「アーティスト」

そんな解釈をしていたんだと思う

そして
その解釈をした上で

彼は「アーティスト」に強く憧れていたんだと思う


私からすれば
彼は「クリエイター」で「アーティスト」だった

「アーティスト」の解釈が微妙に違うのかもしれないけど
私からすれば
その両者は河童氏の上で両立するものだった


彼は
「アーティスト」になろうと必死で足掻いた

私は
その足掻く姿に「アーティスト」を見ていた


ここに矛盾は無いと思う

それがまた曲者だったりするんだろう
2

2012/5/30

河童の下ごしらえ  河童本舗鮎支店

通夜に行ったとき
「故人との対面」とやらに向かい
所謂「死に顔」というものを見た


「死んだヒトの顔色になったナァ」


死に顔を見ておく
私にとっては
それ以上でもそれ以下でもなかった


すぐ横で
故人と対面した途端
泣き叫びながら手を合わせ必死に拝む人の姿があった


ああ、これが宗教というものかと
その時ちょっと思った


私にとって相手は
拝む対象ではなかった

何かをお願いしたり謝罪したり
そういう意味以外で
手を合わせる対象ではなかった


死体とはいえ先輩は先輩だ

そうとしか思えない

彼はほとけ様になった、という事なんだろうか
私にはその感覚はまだわからない


とはいえ
他の人の墓参りでは自然に手を合わせている

ただ
彼についてはなんだか
先輩は先輩だ、と
手を合わせる事を今のところ避けている


何が違うんだ??


彼をほとけ様、と思う事は
私にとって幸いなのか?どうなんだ?

私は
手を合わせる事をどう捉えているんだろう?



『河童のつかみどり』

来週に迫り
展示物を用意し始める
思ったより充実しそうで
準備自体が面白い


この催しは私にとって
手を合わせる事と同じだと思ったら
少し納得が出来るかもしれない
1

2012/5/16

河童のつかみどり  河童本舗鮎支店

長野河童さん生誕35年祝いのイベントを開催します


私の手元にあるだけでも
イラスト・写真・製作物
結構たくさんなので
それらを展示しますが

もし
河童さんの作品がお手元にあったら
ぜひお持ちください

お借りして良ければ
最終日まで一緒に飾らせて戴きます
(お借りしたものは終了後に郵送でお返しします)


河童さんのお知合いはもちろん
河童さんを知らない方も
私は期間中はずっとこの場におりますので
下北沢にお越しの際は
ぜひともお立ち寄り下さい


また
11日(月)にはお墓参りに行くので
もしお時間ある方は
よろしければご一緒に行きましょう


以下詳細


『河童のつかみどり』


□日時

2012年6月8日(金)〜10日(日)

8日(金)12:30〜16:30
9日(土)12:30〜21:00
10日(日)12:30〜19:00


□会場

ANNESSE BONA アネッセボナ
(東京都世田谷区北沢2-9-25 下北沢ビル5F)
http://annessebona.jp

小田急線・京王井の頭線「下北沢駅」徒歩3分

下北沢駅南口の
階段を降りたら左後方へ
線路沿いを進み、突き当りのスーパー「オオゼキ」で右折
右手に「ヴィレッジヴァンガード」左手に「au」を通り過ぎ
そのまま注意深く左を見てると地味に入口があります
(正面向かいのビルには「韓国食堂」)


根性で階段を5階まで上がるか
2階(「UTA」という洋服屋あり)まで階段で
その後はエレベーター(定員2名)に乗るかして
5階までお越しください

どうやらこのエレベーターは
やる気がないのかご老体なのか
かなり遅いらしいので
階段をご利用戴いたほうが早いかもしれません


□内容

イラスト・写真・製作物等の展示

もし何かお持ちでしたら
ぜひ貸して下さい

最終日まで展示して
にぎやかさを増させて戴きます


□ご注意

飲食物の差し入れ等のお気遣いは要りませんが
くれたら喜びます

ただし
会場が飲酒は厳禁らしいので
生殺し防止のため
酒類の持ち込みはご遠慮下さい




□お誕生日のご挨拶

6月11日(月)お誕生日当日

河童さんのお墓参り
『かっぱぼ』

13:00 東武東上線「ふじみ野駅」に来られる方
お時間合いましたら一緒に行きませんか?

よろしければご一報下さい

2

2011/8/8

かっぱぼ  河童本舗鮎支店

去年に亡くなった先輩の墓参りに行った

誕生日の6月に行くつもりで
のびのびになってしまった
何の脈絡もない8月に顔を出したところで
まぁ「鮎らしい」と笑われるくらいだろう


一応親族でも何でもないので
ネット上での明言は控えるが
埼玉県の某所にある墓地で
一番近いバス停から
徒歩20分ほど
そのバスも
一時間に一本あるかないかの
正直に言わせてもらえば
僻地だ

おそらくは
基本的に車を利用して行く場所で
公共交通機関&徒歩で来る物好きは少ないのだろう
その墓地の公式サイトに
バス停等の案内は無い

なんとか調べたところ
現在私が通っている
能のワークショップを行っている市民センターから
さらにバスに乗れば行ける位置だったので
強行的に行ってみたら
その日は見事な天気雨だった


クリックすると元のサイズで表示します


茶畑と工場が広がる風景
もうホント悪いけどもっかい言わせてもらえば
僻地だ


徒歩で来る人間が少ない為か
近くに商店らしきものは皆無
墓前に立って言い訳がましく呟いた
「花なんか用意してねぇよ」


クリックすると元のサイズで表示します


墓地で買った線香に火をつけ
申し訳程度に墓石を洗った
「多少擦っておけばあとは雨水でキレイにならぁ」

しかしそのまま雨は上がり
擦り出した汚れはそのまま乾燥してしまった

葬式にしろ墓にしろ
やっぱり生きている人間のためのものだと
つくづく思う
この墓を磨いたところで
満足するのは
たぶん私なんだろう


クリックすると元のサイズで表示します


自販機で缶ジュースを2本購入し
とりあえずカンパイ
「ここはケンパイって言うべきなのかな…知るか」

先輩に差し出した方のジュースは
よく見るとゼリー飲料で
開ける前によく振って下さいと書いてあった
「えぇい、開けてしまってから言うな」


私には霊感はない
あるのは妄想力だけだ

この場に先輩が居るのかもしれない

それは
結局私の妄想力でしか感じられない

重力を受けない事をいいことに
墓石の上にちょこんと座ってる姿を
妄想力によって捉え
小指を差し出す

「来年6月には
追悼個展を開催するよ
それまでは元気でいられるように
挫けたりしないように
頑張るから
そこで指くわえて見てな
辺鄙な場所だけど
また来る」


クリックすると元のサイズで表示します


通夜のときもそうだったが
儀礼的なものが何であれ
先輩は先輩だ
手は合わせない

写真を撮ろうとしたが
太陽に向かって建つ墓石は
一緒に写るには
自分も太陽に向かなければいけない

写真の私の目つきがすこぶる悪いのは
心情的なものとは関係なく
単に眩しいからだろう


「河童のお墓参り」と言うと
なんだか長くて辛気臭いので
「かっぱぼ」と命名してやった


「かっぱぼ」は
自分の家から行こうとしたら
軽く2時間は越えるだろう
ちょっとした遠足だ

それでもそのうち
またフラッと
「かっぱぼ」に行くだろう

誰と、なのかはさておき
とにかく
約束したんだから
3

2010/11/17

斎場アロマ  河童本舗鮎支店

葬式とか
そういう場所で
お線香が焚かれるのは

参列者を癒す為

ではないかという
仮説



親戚の葬式しか
行ったことなかったから
癒しが必要なんてことがなかったから

今まで気付かなかった
0

2010/11/16

「先輩」がいるから「後輩」がいるのだよ  河童本舗鮎支店

先輩は
私が「鮎」になるときに
そこにいた
数少ないひとだ

先輩は
私が「あべあゆみ」になる前から
私を観続けてくれていた
唯一のひとだ


たくさん話をして
たくさん絵を描いてもらって
たくさん写真を撮ってもらった


先々月前くらいだったか
先輩が
自殺をほのめかす文章をmixiの日記に書いたとき
死ぬなとも止めろとも言わず
どちらにしても
先輩の決定を見届けますと反応したのは
私だけだったそうだ


先輩の人生は先輩だけのものだ

私が代わりに生きることは出来ない
先輩の痛みを癒し続ける立場にいるわけでもない

私が無責任に
死ぬななんて言えるはずがない


それでも先輩が
その時死ぬ決定をしなかった事を
私は心底喜んだ

mixiに遺書のような日記を書いた事にも
私は感謝した

それがあったから
私は先輩の心情を知り
さらに深い話が出来た


その反応を先輩は
うん
うん
ありがとう
と言って
多分本当にしっかりと
受けてくれた



生きてても死んでても
先輩は先輩だ



もう話は出来ない
舞台を観てもらうことも
稽古に遊びに来てもらうことも
一緒に飲みに行くことも
絵を描いてもらうことも
写真を撮ってもらうことも


淋しくないはずがない

けれども

誰も人の決定に参加することは出来ない

私は
見届けると言ったんだ


生きるにしろ
死ぬにしろ
先輩の決定


私は
受け入れると言ったんだ


まぁでも
また飲みに行こうって
言ったじゃないさ−

悪態のひとつくらい
ついたって良いだろう


生きてても死んでても良い
先輩は先輩だ


そして私は後輩だ


私が死ぬまで
私の世界では
ずっと変わらない
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ