音楽はとても個人的な嗜好品ですよね。ある人が好きといってもある人にはそうではなく感じられてまったくいいものです。それを一律に教科書にのっけて、それだけならばまだいいが、何にも知らない音楽教師が「まあ教科書にのっているし簡単だし歌いやすいから授業で歌わせようか」といった理由で生徒に歌わせる。教師がその程度(みなさま、この「程度」は心の中で超強調してください)の理由(ここも超強調)でこの歌を一律に生徒に歌わせてしまうことが以下に危険なことであるか、と僕は思うのです。
この歌を生徒に歌わせる時の条件は。
まず教師がこの歌が好きでありなぜ好きなのかを自己分析でき、この歌が誰によってどういうふうにつくられ、どういうふうに歌われたものであるのかを知っていて、自分はこの歌を生徒に覚えてほしい、今すぐどうということはないけれど遠い将来、この歌を生徒が覚えることによってあるいはこの歌が生徒の人生をちょっとだけでも横切ったことで生徒の人生にいつかよいものが育まれ、役に立つことを望み願う。この思いがなければ簡単には歌わせてはいけないのではないかと思うのです。それはこの歌に限らず教師が取り扱うすべての音楽に対してもそうです。
安易な選択で「翼を〜」を歌わせてしまった結果、そりゃ「良い曲だな〜」と思う生徒もいるでしょうが、僕はたぶん大半の生徒がこの曲の持つ「うそくささうさんくささ」だけを感じてしまいそれがこの曲の全体的な雰囲気として定着してしまう。そういったたいへんな危険性を音楽の授業ははらんでいるということを教師は認識しなければならないのですね。なおかつこの「翼を〜」という曲は曲自体がそういう特性を持っているというのは前に書きました。五つの赤い風船というやはり70年代に活躍したグループの「遠い世界に」という曲もそうじゃないかなあと思います。