ある自治体の危機管理図上訓練を企画・実施するプロジェクトに関わっている。具体的には、天然痘テロが発生したら、という想定の訓練である。
昨今話題にのぼることも多くなったテロ対策ではあるが、日本のそれは、IRAのテロと対峙してきたイギリスや、911以前からずっと取り組んできたアメリカと比較すると、まだまだ序の口というレベル。国民保護法制のからみで、ICBM対応やゲリラ対応などの有事対処が語られることは多くなったものの、具体的なテロ、更に言えばNBCのうち、B(生物兵器テロ)への対策は最も遅れているとされる。
さて、主に地震を念頭に「行政主導」では限界があり、対応主体を行政または市民に限定せずそこにいる人、つまり「現場主導」に転換していかなければならないことを何度も書いている。実は、このテロ対策も基本は全く同じ。まあ、考えてみれば当たり前で、自然災害だろうが、意図的な人為災害であろうが、「平常」を大きく逸脱する「非常事態」であるわけで、それへの対応コンセプトが「現場主導」であるべきことは本質的に変わりは無い。
テロ、災害、図上演習、メディア、行政など様々な専門性を持つ方々に混じり、極めて具体的(裏を返せば天然痘と危機管理オタクのよう)に一歩一歩詰めていく。
地方・国を問わず、それなりにテロを想定した○○計画なるものは多い。しかし、それが本当に機能するかどうかは別問題。改善の余地はいくらでもある。もっとも、この分野はいつまでたっても100点には至らない。そもそも、「何が起こるかわからない」ことに対処しようとしているのであり、「何が起こっても全く問題なし」には現実が届くはずも無い。
ただ、そうだとすればなおさら、事件・事態が発生した「その場」での対応は死活的に重要になる。想定外のことであればあるほど、「その場」での対応が成否を左右することになるだろう。それは、行政内の問題に置き換えても同様。
現行の国民保護法は、基本的に「上から下」への想定である。国が事態を認定し、対処方針を定め、都道府県に伝達し、市町村はその実行を担う。しばしば例に出されるICBM発射の察知→避難という流れなどであれば、そうするより仕方ない場合はある。従って、「上から下」を全て否定するつもりは全くない。
しかし、いま私が関わっているようなテロ、ましてやサリン事件のように一目瞭然のテロならともかく、気付かれないうちに蔓延するバイオテロに関しては、「あ!」と気付いたときには、その場に危機が一気に表出し、「上」の判断や指示など待っている余裕はなくなる。その場にいる人間が、その場を直接治める自治体がのみが、テロの被害を極小化する最も有効な主体となるのだ。
地震のように、「ボランティアが…」という発想とは異なるが、テロ対処の想定においても「現地主導」の発想が根底に位置すべきであることを日々再確認しつつ、個々人の生命を保持することを念頭に置く「ホントの専門家」がほとんどいない日本におけるテロ対策を具体的に突き詰める良い機会を頂いている。