GW中、長野方面に家族で出かけた。旅慣れている我が家の旅は、GWであろうが、渋滞を巧みに避けた快適な旅となる。
GW前に読んだニュースで、原油高を受けて元売のガソリン卸値が上がるため、5月に入ると小売価格に転嫁されると読んだ。それを裏付けるかのごとく、長野方面やたらと高い。レギュラーでも130円オーバー。ハイオク143円という表示も見た。ちなみに、昨日湘南地域で見たハイオク最安値は123円だったから、その差歴然。いやいや、書きたいことはそんなことではない。
小布施に行った。これで3回目になるだろうか。特別に思い入れが強いわけではない。クリあんソフトが美味なことと、中心近辺に整備されている舗道の雰囲気がなんとなく好きなことくらいか。GW効果もあるだろうが、観光バスも含め、多くの人でにぎわっていた。
全国各地が観光を含め、まちおこし、活性化を目指している。小布施がその観点でどのレベルの成功を収めているのかは定かでないが、関連話題のなかにしばしば現れる地名であることから、相応の成功事例であることは間違いないだろう。
細かく調査したわけではないが、小布施がそれほど資源に恵まれているとは思わない。栗という食材が大きな特徴となっているわけだが、それ以外に突出するものがあるようにも感じない。でも、私はなんとなく好き。観光客も多い。栗、それを取り扱う比較的知名度もある会社(菓子など)、器としての町なみ、それだけあればともいえるが、そうしたものの組み合わせに気付かず、また気付いても前向きに生かせていない地域はゴマンとあるだろう。
うまいなぁと思える点を羅列すれば、
1.駐車場が多く、案内も親切
現代社会において、車でのアクセスから切り離した観光は成立しにくいだろう。しばしば見られる「うまくいかない例」にこの点に関する認識の薄さがあるように思う。車なくして子連れ家族は来ないだろうし、今後進んでいく高齢社会ではなおさらだろう。グリーンツーリズムが良いとか悪いとか言う価値観の問題ではない現実問題である。
2.食べ物(栗)の使い方
栗という食材が優れているのかもしれないが、栗ソフト、栗羊羹に始まり栗おこわ。デザートから主食に至るおいしさを提供できる点は人を呼ぶ。また、それら食品が、奇をてらったキワモノでなく、一般的かつ安価であることも重要な点だろう。いくら景色のいいところでも、食べ物がない観光地に人は集まらないし、集まってもお金は落とさない。無理にゲテモノ料理を名物化すると、目も当てられないが…。
3.雰囲気のいい歩ける領域
車で移動するとお金は落とさない。Booと通過するだけである。雑然とした街、整然としすぎた街は地元で歩けばいい。要は、ちょっと歩きたくなるようないい感じ、雰囲気が観光客がお金を落とす「歩く」という行為を呼び起こす。小布施も、ある部分伝統建築の保全、ある部分擬似的な新築といった形で、全体的に黒がかったシブい町並みがならぶ。かといって、そんなに大規模ではなく。30分も歩けばその一角は全部いけてしまう。それでも、その30分を目当てに人が集まるのである。
ちょっと離れたところに、須坂という場所があった。詳しくは知らない。ただ、ガイドブックを読み、何度か町を通り過ぎるなかで、ポテンシャルという意味で小布施とそれほど大きな差は感じなかった。蔵のまち須坂、でも、観光客は見当たらない…。
この差は何か。そう考えたときに思い浮かんだ一部か上のことである。問題は、発想力と実行力の差なのかもしれない。それなりの発想はあるかも知れない。でも、得てして考えはじめの段階でそこに知恵を出す人は均質的だったりする。同じような年齢層、男ばっかり、同じ職業、その地域の人だけ…。独りよがりが多くに受け入れられないのは世の常だろう。
そこでナイスな発想にたどり着いたとする。それを実現するには、恐らく非常な障害がある。それを良く思わない人、初期投資を嫌う人、意思統一の困難さを乗り越えさせる行動力をもったリーダーが不可欠だろうと思うが、簡単ではないと思う。
そうそう、伊勢のおかげ横丁もやや似ているかもしれない。もっとも伊勢は伊勢神宮というそもそも人が集まる要素あってのおかげ横丁だが。神奈川県の西に住んでいることもあって、観光というキーワードには敏感になる。遠くを見ていると、「あ、灯台下暗し」としばしば思う一方、灯台に火が灯らない原因が見えるだけに、心苦しさを覚えることある。