今日は子どもが外泊(じいちゃんの家ににですがね)。日常、テレビは断続的に子どもに占領されるために見られないのだが、珍しくじっくりと見ることができた。
たまたまつけたところ、NHKで『日本のこれから』と題する討論番組をやっていた。谷垣財務相も出演して、増税の是非を論ずる内容だった。一般出演者が最もエキサイトしていた場面は、消費税増税への賛否について。会場は賛否半々くらいだったようだが、反対論が多く出されていた。
聞いていて、グゥーっと堪えきれないような思いが沸いてきた。「分かる、気持ちは分かる、キツイのも分かってる、でも…」。
自営業の人だろうか、こんな発言があった。益税解消施策の一環を捉えつつの消費税増税反対論だった。
「今度、1,000万売り上げがあれば、消費税を納めなければならなくなった。1コ1,000円の弁当を1日3個売れば届くような金額だ。今まで納めなくてよかった(これを益税と言うんですがね)なかでギリギリでやってきたのに、新たに5%負担とされても払えない。生きていけない。ご飯も食べられない」
表現はともかく、こんな筋だった。それで思ったのが、「分かる、気持ちは分かる、キツイのも分かってる、でも…」、だった。色々論点はあって、全部は書ききれないから一つだけ。
弁当を1日3個売る。これで生活をしていくことができていいのだろうか。本当にそれでいいのだろうか。売り上げ1,000万に対する納税義務の是非以前の問題じゃないだろうか。
企業経営者などが「税率が低い」とやり玉に挙げられている場面もあった。ただ、私の知る限り、経営者やサラリーマンの多くは、相当の努力を重ねてその所得を得ている。そうした人達が多くの税金を払う、1日3個のお弁当屋さんは払わなくていい、それが正しいとはどうしても思えない。努力が報われない社会に未来はない。
この発言をした人が実際どうかは分からない。そうせざるを得ない状況である場合は十分あるから、一定の留保をもって考えてはいる。
でも、「依存」してはならない。人間である限り、生きて行こうとする限り、努力は不可欠だ。もちろん、そうした「生きていく力」を養う教育や、その努力を評価する社会制度や、努力が結果に結びつかなかった場合の安全弁が整備され続けなければならず、また、個人の自発性が社会制度・行政制度・政治制度に受け入れられやすくするシステム転換が必須であることは言うまでもない。
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