12月の下旬からなんだかんだで1か月の準備期間を要した「防災フォーラム」を昨日28日土曜日に無事開催することができた。当日出席していただいた多くの方、出演していただいたパネリストの方、告知に触れ回っていただいた方、裏方として当日の準備にあたってくれた方など多くの方々に感謝感謝だ。
当日は、地元の方を中心に、年齢層や立場ともに多様な参加者のなか、実に幅広な議論展開となった。実は、企画の段階で、この点は意図していた部分だった。迷ったあげくの結論ではあったが。
災害対策なり防災と言っても、その領域は非常に広い。考えようによっては、平時が有事に切り替わるだけであり、日常生活に存在する全ての領域が対象ともなる。さらには、個々人によって、関心の強い部分がかなり異なるということもあり、論点を限定すればするほど、ごく限られた人でしか共有できないというジレンマを抱える。
一般に、こうしたセッションでは、焦点を限定し、一定の見解について賛否を議論すると分かりやすいものとなりやすい。特に学術関係のパネルディスカッションでは、そうした方法論が有効なように思う。聞いている側として、結論や相対する見解の優劣が判断しやすいからだ。
しかし、今回は、あえてそうしないようにした。それは「場の共有」という出演者側への配慮をフォーラム開催そのものに持たせていたからだ。いわゆる啓発活動や聴衆への発信を主目的とするならば、「郵政民営化に賛成か反対か」のような形で進めたほうが分かりやすいわけだが、逆に言うと、パネリストはそのための道具でしかない。今回はそれを避け、会場参加者への配慮を少々犠牲にしてでも、出演者間の「場の共有」を実現したかった。
両にらみでやったことによって、歯切れのよさには限界があったように思う。ただ、「場の共有」という意味では、一つの端緒になり得るだろうとも思っている。何年か後に、「あれが一つのきっかけだった」と振り返ることができれば、このフォーラムは成功だったと言えるのかもしれない。そのためには、今回をきっかけとするための今後の取組は不可欠であり、そのための具体的アクションがこれからの課題になると思っている。
この数年間、様々なシンポジウムやパネルディスカッション、フォーラムに行って思うことがあった。それは、大半が「やりっぱなしフォーラム」だということ。「こんなことやったんです!」、「こんなこと考えたんです!」という主催者側の自己満足に近い形式で話が進められ、こちらとして勉強になることがあるとは言え、「これをやって実態の何がどう変わるのだろう?」と思うことがしばしばあった。今回は、そんな思いに対する自分なりのアンチテーゼとも言うべき試みでもあった。
個人的なものも含め、色々と課題はあるものの、有意義なフォーラムとして無事に終了することができたことにホッとしている。終わって家に帰り、胸に沸いてきた思いは、抱えきれない感謝の気持ちであった。
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