昨日(あ、もう一昨日になってしまいました)の夜、あるお酒の席で元・校長先生(中学校)とひとしきり教育談義になりました。
その先生、私が直接習ったわけではありませんが、元生徒から慕われることこの上ない人。一人ひとりのことを、何十年たってもよく覚えていて、何でそんなところまでというくらい、かゆいとことに目を配っている方です。
神山 「先生、なんでそんな大勢のことを細かく覚えてられるんですか?」
先生 「ん〜、そりゃ仕事だしな(笑)代講ってあんだろ、担当の先生が
休みのとき。俺な、校長の時も『俺がやるぞー』ってすぐ手挙げる
んだ」
神山 「はい」
先生 「でな、その日の朝、30分くらいそのクラスの資料見て、何人かに
ついて予習するんだ。で、授業始める前に、『おい、○○、お前の
家の桜はもう咲いたか?』とか、『お母さん風邪治ったか?』
なんてやるんだ」
神山 「たまに顔合わせた校長先生にいきなりそんなこと聞かれたら、
びっくりしますよね」
先生 「そうそう、全員までは無理だけど、努力すればほとんど全員まで
いけるな」
先生 「あとな、俺、毎朝、校門で立ってて学校来るみんなに『おはよー』
ってやってだんだ。で目が合った子を捉まえて、『お前、志望高校
決めたのか』なんてやるわけ」
神山 「『○○高校にしました』と」
先生 「そうそう。でな、職員室帰って担任に、『誰々、志望高校
どうした?』って聞く。『△△高校と言ってます』なーんて言うと、
『あれ、俺には○○高校って言ってるぞ』ってやるわけ」
神山 「担任の先生はビビリますよね」
先生 「校長のほうが担任より詳しいんじゃ、担任はヤバいからさ。担任も
生徒と距離縮めなきゃと思うよな」
教員免許の更新制や、教育委員会への国の権限強化など、教育をめぐる国会議論が大詰めになっています。制度論は確かに大事なのですが、こと教育に関する限り、それを現場で担う先生の存在がより大事なのだと思います。
私もそうですが、多くの場合、「こんな先生いてよかった」と学校時代(の一時期?)を振り返るわけです。教育「制度」改革は、そんな「いい先生」に多くめぐり合える機会をどうしたら増やせるかの視点を忘れてはならないなと改めて思いました。
⇒人気blogランキングに投票を!