テロ対策特措法の話で年金の話が影を潜め、参院選の話で中越沖地震の話が聞かれなくなり、既に郵政民営化の話は泡沫状態。最近のニュースを見聞きしていてそう思っています。近い出来事ほど強く印象に残るのが人間。これも致し方なしとも思いますが、どうにも割り切れません。
そういう意味で言うと、いっとき、爆発的に多用された「品格」という言葉。そのきっかけとなった「国家の品格」という本のタイトルを思い出します。諸々の主張がちりばめられていましたが、情緒の国日本という紋切り型について、私が大きな違和感を持っていることは以前ここに書いたとおりです。
理性を持つ感情の動物である人間。理性・論理のみから機械的に人間社会を考えようとすることへの異論には完全に賛同します。しかし、翻してみれば、人間が人間であるゆえんは、理性・論理を強く保持するがゆえ。その働きなくして人間は人間足り得ないと私は考えています。
いろんな時事ネタ、話題が沸いては消えというこの状況を振り返って、私は、改めて人間の論理の重要性を痛感しています。情緒からすれば、北朝鮮問題=拉致問題。しかし、論理とそれを踏まえた戦略的思考からすると、少なくとも同等の比重で、北朝鮮=核問題です。必ずしも諸手を挙げて歓迎できませんが、電撃的に決定した7年ぶりの南北首脳会談には、情緒的思考でなく冷徹な論理的思考・評価が必要だと思います。
今日はひと時、照りつける日差しの中、ご支援いただく方々数十人とともに、草むしりをしていました。深く根付いた草を両手で引っ張りながら、「むぅぅ…、(ズボッ)、よーし」、「ビール飲む?」、「いやぁ、車なんですよ」…。そこに論理はなく、あるとすればなんとなく一緒にやったという情緒のみ。
そうした情緒の大切さも理解しつつ、それでも、人間が人間であるゆえんの論理を、バランスよく研ぎ澄ましていきたいと考えています。
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