学生の頃は色々と本の虫となっていた私ですが(本の覚書サイトをしていたくらい)、仕事を始めてからめっきり読書量が減ってしまい、読みたいけれども読めてない本がたまりにたまっていて少々困っていたりします。時々、読んではいるんですがね。
先日、職場の先輩から面白いと聞いていた本を、路上の古本売り(ゴミ箱とかで拾ってきた物を売っている)で見つけたので買ってみました。
私は医療職という聖職者の皮をかぶった水商売をやっていますので、さまざまな障害を持った方と出会います。老若男女、全介助が必要な方からそれほど介助を要しない方まで、障害者と一括りでいってもその差はとても大きいです。私たちは障害をもった方たちが生活で必要だけど出来ないことを援助するためにいます。が、それはあくまでも一般的な日常生活上の障害の援助であり、人間本来が持つ三大欲求の内でも食欲と睡眠欲までしかフォローすることのみです。
一般男性にもナースにたいして、それなりに下心が含まれた憧れがあるのかAVのネタにもなるくらいですが、それはあくまでも想像や妄想などのレベルであって、実際にそのような状況にはならないのは、当たり前です。が、そういうところから大なり小なりのセクハラ被害に合うことは頻回とはいいませんが確かにあります。個人のキャラクターにもよるのかもしれませんが、病人になると生きる欲求という面で性欲という形として現れる方もいらっしゃることは確かです。しかし、性欲に対して私たちには対処する術は持ち合わせてはいませんので、そういう考えを持ってしまうことは思いつきもしませんですし、拒否する形となります。
障害を持つと、人間として生きていく上でさまざまなことに制限が生じてきます。先にも書きましたが、そういう制限をクリアするために看護職や介護職が日常の援助をするわけですが、ことさら「性」という面においては私たちはお手上げです。何もできません。「性」の対象とされることに激しい嫌悪感を持つものもいるくらい。タブーにも近い形にされており、誰も触れられない、触れようともしない領域だったりします。でも、彼らたちも同じ人間ですので、そういう欲求は確かに持っているのです。
この本では、タブー視されている面をルポタージュしています。命を掛けてまで性の快楽を得ようとする障害者。障害者専門のデリヘルやソープ。そこへ連れて行く手配をするソーシャルワーカー。果たして、それは正しいことなのかと葛藤もありますが、QOLを追求していくと避けられないことでもあり、究極の形とも言えるような気がします。
私は過去に障害を持った方に好意を寄せられたことがあります。恋愛感情なのかそれとも友愛が恋愛へと発展しかけていた過程だったのか、それは彼に聞いてみないとわかりませんが、明らかに友情以上のものを感じ取った私は、恥ずかしいことに彼になんとも言えない嫌悪感を抱き、それを隠しつつも彼にはっきりと拒否を示したのでした。医療職に就いているものとして、人間として、後悔と羞恥や自責が今もあるのです。