次回公演予定


2016年11月19日(土)
『ねこぐすと熊楠』
自然派ワインバー 烏楠にて


2016年12月17日(土)
朗読『平家物語』
六本木 ストライプハウスギャラリーにて

よろしくお願いします

2016/11/19

ねこぐすと熊楠  公演情報

今、最終稿が出来上がりました
上演はいつかと言えば

9時間後です

自分が読む文章を
自分で書くので
困るのは自分だけだから
ギリギリまで考えたり直したり出来ます

でももう少し早ければ
もっとしっかり準備が出来るのに

夏休みの宿題は
8月31日まで本気になれないタイプです

今回は、限られた客席数ということもあり
小さな発表になりますが
また機会を作って
上演出来たら、と思います

何しろ、もっと知名度上がれば良いのに
って思うのですよこの人

南方熊楠

少し知ってみると、本当に面白い

おりこうさんのお手本にはならないけど
こうやって物事を見ることが
本当の勉強なんだろうなって思う


本日11月19日(土)19時半より
30分くらいの短いお話が
千歳烏山の
自然派ワインバー烏楠 で
上演されます
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2016/6/8

はじめてのひとりしばい  公演記録

「言葉を纏ふ」
〜纏の一 太宰治『燈籠』〜
2016年5月21日(土)〜23日(月)

Gallery&Space しあん


お芝居を始めて15年目の記念に
一人芝居を企画して
その公演が先日無事に終了しました

ご来場下さった皆さま
応援して下さった皆さま
本当にありがとうございました


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3ステージとも、たくさんの方にご来場戴き
初日と楽日にご来場下さったお客様には
むしろ窮屈な思いを強いてしまいました


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それでも温かいお言葉を戴きました
そういうお言葉は積極的に真に受けて
そして積極的に調子に乗って
いずれ「纏の二」を企画しようと思います


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一人芝居、と言えど
一人では決して出来ませんでした

脚本を書いて戴き
演出をして戴き
照明も音響も担ってくれた高木さん

物語の雰囲気や私のフワッとした要望まで汲んで
素敵なチラシやグッズを作ってくれた絵葉書屋長崎堂さん

自分の公演前であるにもかかわらず
3日間とも手伝いに来てくれて
表方の長を担ってくれた繭ちゃん

やっぱり公演前なのに
急な依頼に応えて手伝いに来てくれたむーさん

厳しい条件下で撮影してくれて
しかも客入れ手伝いまでしてくれた
カメラマンの知絵子姐さん

色んなことに気を配ってくれて
それゆえにやたら緊張しながらも
受付周辺を手伝ってくれた宮下さん

やっぱり厳しい条件下でも多くの写真を撮ってくれた
カメラマンの平早さん


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そして
この素敵なお家を貸して下さり
作品を観て素敵な感想を話して下さった
Gallery&Space しあんのご夫妻


それぞれに感謝の言葉は尽きませんが
ただただ
ありがとうございました
またよろしくお願いします


皆さまのおかげで
本当に楽しい時間を過ごさせて戴きました

また「次の機会」を許してもらえるように
頑張って日々を生きていこうと思います


(このページの写真は平早勉さんの撮影です)
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2016/5/1

怒涛の春の前半戦  公演記録

4月2日(土)
読書劇『燈籠』
(木村恵×インベカヲリ★二人展「あべあゆみをめぐる冒険」)
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4月24日(日)
『緊縛夜話第十二夜×緊縛ドラマチックvol.3』
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4月29日(金)
詩劇『踊る20世紀』
(RUMI ROCK新作ゆかた受注会「着る物語展」特別プログラム)
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4月はあれもこれもと欲張って立て続けにイベントがあり
多く人前に立ち
色んな人に挨拶をさせて戴いた

怒涛の春の前半戦がひと段落

そして後半戦
5月には初めての一人芝居
すでにたくさんのご予約を戴き
諸々の手続きが進んでいっている
あとは内容を掘り下げるばかり
それも演出は信頼出来る方にお願いしているので
私は踊るばかりなのです

お芝居も絵画モデルも緊縛モデルも刺青も
私の表現はいつだって人任せ

媒体
依り代
巫女

より良いそれらになれるように
多くを取り入れて取り入れて
なるべくニュートラルに
それが最近のテーマになりました

5月の舞台は
今まで私を使ってくれたたくさんの表現の
集大成的な作品に出来たら良いなぁ
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2016/3/18

『大地を受け継ぐ』  めっけもの

知人に勧められた映画を観てきた


『大地を受け継ぐ』

知らなければ、何も始まらない
だから、ボクらは福島へ向かった



福島第一原発から65キロメートルの場所で
農家を営む方が
ご自身に起こったことを淡々と語る
それを聞く東京都の学生たち

内容は全部チラシに書いてある
観るべきはたぶん
そこに生きる人の顔や姿や声
価値のあるドキュメンタリー映画だった
と思う


だけど
アフタートークでこの映画で監督さんが熱く語り始めた
この映画がどれだけのことを語っているのか
福島の現実を知ることにどれだけの意味があるのか

この監督さんは熱心に
自分が正しいと思うことを訴えてるのだと思う
その中で

「今の日本映画で
語るべきことを語っている映画がどれだけあるか
ドキュメンタリ―は頑張ってると思うけど
メジャーな映画は
毒にも薬にもならないようなことばかり
映画館を出たら3分で内容を忘れてしまうようなものばかりじゃないですか」

…というようなことを言っていた


私は
自分が正しいことをしているという自信は
こんな暴言を吐かせてしまうんだ
ということが
むしろ恐ろしかった


「自分の言ったことが
どれだけの力で人を傷つけるか
あんまりにも想像力のない人間が
政治家をやってる」

…と非難するけれど

自分の言っていることが暴言ではないかと
考えることをしないのは
似たようなモンじゃないかと
なんとなくしらけた気分になった


被害者の反対は加害者
人を傷つけることはいけない
責任を取らないことはいけない
子供でもわかるような「正しさ」は
振りかざせば最強で
一切の反論を許さない


この映画を観て
まっすぐに耕運機を運転するお兄さん
福島産の野菜を買わないことに「気持ちはわかるよ」と即答したお母さん
色々感動するところはあったけれど

それを表現にする方は
それを聞く学生が涙ぐめばここぞとばかりにアップする

「ほら!感動するでしょう?まともな人間なら心を動かされないわけがない!」
と言われているようで
なんとなく反発してしまった


とはいえ
ある当事者の声をそのまま映画にした
観る価値のある作品ではあると思います

ポレポレ東中野にて
17:10から
3月25日までやってるようですよ
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2016/2/22

アナログ迷走タイムマシン  稽古のあと

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二・二六事件はちょうど80年前

おじいちゃんが事件に参加してたとか
おじさんが関係者だったとか
そういう話を聞くのは珍しくない

その事件を見たり聞いたりしたことも含めて
その事件を「体験」した人は
まだたくさんいる

それぞれの人にとって「過去」であるうちは
「歴史」と呼ぶには近すぎる



でも逆の言い方をすれば

どんな「歴史」も
「歴史」になる前は誰かの「過去」であり「体験」だったわけで

私たちは何とかして
その「体験」を追いかようとしていて

追い求め続けるのだけど
決して「理解しました」と言えるとこに着くことがない
(って辺り、あぁなんか宗教に似てるなァ、と思った)



「わかりました」とも「わかってください」とも言えない

けど

「考えました」「考えませんか」「一緒に」

とは言いたい
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2016/1/31

2016年の私  公演情報

2015年は
隔週でブログを書く目標を立てたものの挫折し
せっかくの自分個人の宣伝の場を
有効活用出来ず

「ぶっ、ブログ?いちおう、あります…けど…」


あちこちで目が泳ぐ結果になってしまったので

2016年は
月一度の更新を目標にしてみます



昨年の読書数は結局91冊
目標の100冊には届きませんでした

今年も目標は100冊
内容も少しは上げていかないと
年齢と反比例して脳が退化していくので
なんとか頑張ります


今年は
2月にオフィス再生の『英霊の聲―正気』
3月にモデルになった作品の展示会
4月に緊縛系の舞台出演
5月に初めての一人芝居
6月にオフィス再生の『二十歳の原点』
8月にノーコンタクツの舞台出演

…が決まっており
今書いてるだけでも若干の眩暈を覚えるくらい
盛りだくさんの一年になります


一つ一つをおろそかにしないように
時間を無駄にしないように
行動していこうと思います


今年もよろしくお願いします
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2015/8/23

そこに生きている人の顔で立つ  稽古のあと

今年は高校野球をチラ見した

準々決勝あたり
同点で迎えた9回ウラ
ここで点を入れればサヨナラ勝ち
という状態のチームの3番打者が

とても清々しい顔で
バッターボックスに入ったのを観た


相当のプレッシャーがあるだろう、とか
ここで打てれば…なんて色気を出してしまったり、とか
観てる方は余計な事ばかり考える
けれど

彼の顔はただただ
「野球をしている人」の顔だった


雑念が無い、って
こういうことなのかなぁ


なんてイイ顔でバッターボックスに立つのだろう
なんて思ってるうちに
彼はヒットを打ち
ランナーがホームインし
その試合は終わった


そのチームは結果的に
100年目の甲子園で優勝した



ただただ
そこに
生きている人の顔を観た


彼は野球場だった
私は舞台上


半分くらいの年齢の少年に
教えて戴きました
彼の今後の活躍を祈ります

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2015/8/14

みんないってしまう  通り過ぎた日々

今まで多くの教師にお世話になったきたけれど
中でも一番の「恩師」と言えるのは
中学3年の時の担任


社会科の先生で
黒板に地図を描くのがやたら上手かった
教え方も色々と工夫してくれていて
テストの問題がクロスワードパズルになってる事もあった


ほぼ日刊の学級新聞「轍(わだち)」は
卒業後まで発行され
最後は1995年4月20日で第230号
週休二日制が徐々に始まっていた当時
実際に登校していた日数を考えると
もはや日刊を越えていると思う


20年が経ち
当時よりも本を読んだりモノを考えたり
関わった舞台により社会的な知識も増え
今こそ先生とまた話が出来ればと
何年か前から思っていた


同窓会を機に担任に連絡を取ったという知人の話にも後押しされ
20年ぶりに連絡を試みた
卒業アルバムに掲載された住所を頼りに
暑中見舞いを書いた
郵便番号が5ケタしかない事に時代の流れを感じる


宛先不明で戻ってくるかもしれないな
先生からの返事が来たら一番嬉しいな


数日後、実家の方に先生の娘さんから連絡が入った


先生は、私の暑中見舞いが届く2週間ほど前に亡くなられた


今日、先生の自宅を訪ねてお線香をあげさせてもらった
連絡をくれた娘さんも、先生の奥さんも、
お盆の忙しい中に訪ねたにも拘わらず
快く迎えて下さり
先生の話をたくさんしてくれた


私には
先生が私を覚えている、という自信があった
暑中見舞いを見れば「あっ、アベチャンだ!」と思い出す先生が想像出来た

でも先生に暑中見舞いは届かなかった

遅刻の多い生徒ではあったと思うけど
また遅刻してしまった


あと一年
あと一か月
早く連絡していれば
きっと先生と飲みながら話が出来たのに


いつか、いつかと行動しなかった私は
なんとのんきだったのだろう


先生と話がしたかった
うっとおしいほどの話が聞きたかった

先生があの時ああ言ってくれたから
今の私があるんですと
ありきたりだけど心からほんとうの
感謝を伝えたかった



先生の遺したものは多くあるけれど
私自身もまた
先生の遺したものの一つ
伝えられなかった感謝をめいっぱい抱えて



こうして生きている限り
私は遺されていく
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