母や叔母から譲られた着物を死蔵するのではなく、なるべく着たい。
そう思っていても、なかなかふだんには着る機会もない。
ならば、機会をつくろうではないか、ということで着物仲間で「おんなの遊び」
着物。歌舞伎。おいしいもの。ついでにウィンドウショッピング。という4点セット。
おいしいお昼とウインドウショッピングは情報担当のわたしがネットサーフィンで検索。
そこで目に止まったのが銀座6丁目にある交訽ビル。
10年ほど前に全面改築する際、正面入り口には当時のビルの一部を保存。
な、なつかしー!!!!
このビルに関しての、女子大生だったころの思い出については、「続きを読む」に。
ビル4階「銀座神谷木挽庵」
蕎麦と懐石料理を気軽に楽しめる店。
入り口にはこんなオブジェ。火の神と子ども。
さらに店内の壁にも。火の神さま(料理人の心意気を象徴するという。水の神もあった)
ちなみに、元女優、結城美栄子作だそうだ。
さて。本題の料理。
先付。空豆など、季節を活かした前菜。
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吸い物。卵豆腐の上にのっているのは、キスの炙り、つくしとアスパラ
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お造りは炙り寿司三貫
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焼き物。ニンジンと生麩を市松にして鱒で巻いたものに、かき揚げが添えてある。
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煮物。蛍烏賊を竹の子やごぼうと一緒に炊いた鍋。香辛料がほどよく効いていた。
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最後に手打ち蕎麦とデザート4品盛り。
どれも、素材を活かした上品な薄味で目も舌も胃袋も大満足。
もう、これだけで達成感にひたってしまうが、どっこいしょと腰をあげて、和物、呉服小物店などをはしご。
時間によっては、甘味どころも検索しておいたが、もう、おなかが一杯で食べ物は目に入らない。
予定の店々に立ち寄りながら、歌舞伎座へGO!!
短大2年生のとき、「出版学入門」(だったかな? そんなようなタイトル)を受講した。
講師は岩波書店編集長(を退職したばかり?)の布川角左衛門氏だった(それが、どれだけエライ人かということは、当時、まったく知らなかった とほ)が、単位につかない選択授業だったせいか、ほんの7・8人しか受講生はいなかった。
当時、女子大生の、まして親元から通えない地方出身者の就職はかなりむずかしく、わたし自身、出版関係に憧れは持ってはいても実際問題としては不可能に近かった。
なので、受講したのも、夢を現実に、というより、興味本位でしかなかった。
しかし、氏は受講生の人数や熱意の程度に関わらず、真摯に丁寧に、親しみやすく、噛み砕くように、出版のイロハ(本当に、入門程度だったと思うが)を教えてくださった。
授業が始まったばかりのころ、
「活字のポイントやフォントの一覧表が、出版社協会(だったかな?)にあります。連絡をしておくから、各自一枚ずつ取りに行くように」
と言われて、はるばる取りにいったのが銀座の交訽ビル。
古い、どっしりとした石造りのビル、廊下の両側になんの事務所なのか木のドアが並んでいるが、あたりはシーンとして、自分の靴音ばかりが響く。
恐る恐る「出版社協会」のドアをノックし、受付の方から一覧表を受け取って帰っていった。
銀座に行ったのは、2年間で何回・・・・わかった! いまになって、わかった!!!
布川氏の立場なら、手元にこんな一覧表はいくらでもあるハズ。
なければ、社員にいって取り寄せるのは簡単だったハズ。
氏は、武蔵野のはずれに下宿している垢抜けない田舎娘たちに、銀座に行ってご覧、と機会を与えてくださったのだ。
氏は、授業の一環として、印刷所の見学にも連れて行ってくださった。
さらに、前期の終わりごろだったと記憶しているが、わたしたちをご自宅に招いてくださった。
階段の高さ、ふすまの取っての高さなど、細部にまでこだわったというご自宅、奥様手作りのサンドイッチと紅茶、そして、なんと!お隣は勘三郎さんち。
・・・・ほんとうの文化人の暮らしを垣間見せてくださった。
それから、ン十年。
わたしがはじめて本を出したころ、新聞の文化欄に
「布川角左衛門氏の業績に・・・」
なにかの功労賞を受賞したこと、それを祝って、出版関係者や作家たちがおおぜい集まって祝賀会が催されたという記事がのっていた。
え”−−−!! そんなエライ人だったのか!
拙著の担当編集者に話すと、「出版界で知らない人はいない、編集の神様のような方です」と言う。
あああ。そんなエライ人とは露知らず。。。
いま検索したところ、上のお祝いは、『日本出版百年史年表』による菊池寛賞。
そして、筑摩書房を建て直したという功績も!
でも、たしかに、文化と教養と知性の香り、そして、表に出ない裏方としてのあり方、矜持・・・みたいなものは田舎娘にも印象として残っていた。
食べ物屋さんをさがしていて「交訽ビル」にヒット、そして、実際に保存してある旧ビル入り口をみあげ、そんな思い出が、うわわーーーっとよみがえった。
布川先生、ありがとうございました。