井上ひさし直木賞受賞作を再読。
歌舞伎「浮かれ心中」を観ながら、ええっと、こんな内容だっけ?
帰宅後、書棚からひっぱりだした文庫本。
奥付をみると1975年。全ページ、みごとにセピア色に変色している。
ストーリーは歌舞伎とほぼ同じだが、小説のほうは、戯作者を目指す若者の目から、有名になりたい、名をあげたいと茶気に走る若旦那を描いている。
ああ、だから、よけいに、なんかちがうような気がしたのか・・・
歌舞伎の筋書き(プログラム)の解説によると、最初の脚本では、茶番が過ぎて大工の手にかかって命を落としてしまった若旦那栄次郎の死で終わることになっていたのを、勘三郎(当時は勘九郎)が、しんみり終わるんじゃなく面白おかしく大茶番で終わらせようと提案し、宙乗りという趣向になったそうだ。
すごいセンス! 勘三郎。ぐっじょぶ!
小説の方では、栄次郎の死後、
「お前たちは調子にのりすぎた。笑いなど無用なもの。そんなことで命を張るバカがあるか。戯作は慰み物。勧善懲悪、波乱万丈、善玉悪玉・・・。おれは、お上を気にせずにすむ方法で書くぞ」
と説教をはじめるのが、曲亭馬琴。
その説教を、笑い上戸だからにこにこしながら聞いていた主人公は
「おれは栄次郎の骨を拾う。駄洒落がちょっとできるくらいの武器しかないが、それでも、世人の慰みに命を張ろう。茶気が本気に勝てる道をさがす」
と心に誓い、十返舎一九と筆名を決める。
二人のやりとりを聞きながら、
「意見上戸に笑い上戸・・・そうだ。わたしの行く道は活写だ。人々の暮らし、髪結いや風呂屋での会話を活写しよう!」
と覚え長にメモをしたのは、式亭三馬。
というオチで終わっている。
井上ひさしの、戯作に対する姿勢が見える。
文庫にはもう一作「江戸の夕立ち」が収載されている。
品川で遊んでいた若旦那とたいこもちが、沖に流され、通りがかった船に拾われ釜石でおろされる。
実家に無心の手紙を出し気楽に遊んでいたが、金子を届けにきた番頭がとちゅう追いはぎにあい殺されたという知らせ。
若旦那は、借金のかたにたいこもちを鉱山にうりとばし、江戸にむかう。
鉱山で辛酸をなめたたいこもち、ようやく脱走し・・・
一方、江戸にむかったはずの若旦那は賭博で有り金とられ・・・
ようやく出会ったものの・・・・
と、ロードムービーふうだが、後半、やや長すぎの感。
オチは、ようやく江戸にたどりついたものの、実家の店はあとかたもなく、江戸は東京になっていた。と浦島太郎。
どちらも、一人称でテンポよく、小気味のいい筆運び。