気が付けば、26年。
私が、スノーボード(スノーサーフィン)ってものを
始めたのが、84年の冬の12月、まだウッドのボード。
スキー場は、スキー一色の時代。何とかスキー場に理解を求めて、
滑らせてもらうために、あくせく通ったものです。
今から思えば、誰でも出来る(道具の)時代がくるとは、予測不可能な時代。
スキー場関係者には、「そんなソリは、流行しない」とまで言われて。
そののち、90年にルスツでワールドカップが行われ、92年には新穂高でワールド・プロ・ツアーが開催。
もちろん、どちらの現場にも、リアルタイムにその場にいました。
この頃から、スノーボード・ブームの兆しが見え、「スキー場は危険」との理由に、“ボーディング・パス”などという、今となっては理由の分からないモノまで
発行されました?
リフト待ち一時間、なんてのは当たり前。
今の人達には、想像もつかないでしょう?
98年には長野オリンピックの公式種目になり、加熱はピークに達しましたね。
来年2010年は、カナダの西のサイプレスで、トリノ、ソルトレイクに続く、スノーボードの四回目の冬季オリンピックが行われます。
日本人選手の青野君や、国母君なんかは、私達が夢中になっていた頃に、この世に産声を上げた赤ちゃんだったわけです!
いや、なんとも、もはや、年月を感じます。。。
そんな私が、週三日通っていた、奥美濃のゲレンデは、現在は11月でも人口雪で、ウィング・鷲ヶ岳、ホワイトピアとオープンしています。
「あの頃に、スキー場がここまで協力的だったらなぁ〜…」と思います。

yoshi

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