「男の背中」
増位山の歌にもありますね。
私が小さい頃、父親の背中はとても大きく見えました。
どこに行くのにも、後ろからついていった私には、これほど頼もしくて安心できるものはありませんでした。
魚釣りにいくとき、岩場を「ついてこい」と、笑いながら見せてくれた背中。
いつしか身長で追い越したときにも、越えられないものを感じていました。
親が子どもに見せるもの。
それは、子どもが目標となれるような、安心感をもてるような背中でないのかなと。
越えられるなな越えてみろ。
そう言っているような気がしていました。
最近はどうでしょう?
親が子どもと同じ視点にたっている。
親の子ども化が顕著になってきています。
それだけ今の大人が幼稚化してしまっているということでしょう。
つまり、人間的レベルも相対的に低下しているものと思います。
さて、わんこの世界ではどうでしょうか。
いつもは見事な背中を見せ付けてくれているボギーくんの傍に、今朝一回りちいさな背中が加わりました。
見事な「男の背中」
犬の背中とわかっているのですが、自然に心が震えました。
「絆」
目には見えなくとも、そこに存在しています。
