人と人が殺し合う戦争は正しくない

2013/8/7  10:38 | 投稿者: takako

1970年代、
アメリカに来て 戦争はまだ終わっていないのだと感じた。
人が集まる所に行くと
ハワイのパールハーバーの話がいつも飛び出した。

あるときロスアンゼルスの知人の家に滞在した。
知人はアメリカの軍の方だった。
軍服を着ているわけではない。
買い物に一緒に付いて行くとすれ違う人が皆敬礼をする。

私は 広島で生まれ 
原爆記念日には父と戦争に付いて話し合って来た事と 
アメリカに来てアメリカの人から戦争について聞かれたりする事に 
私の中でギャップがあった。

多分 精神的に弱くなっていた事もあった。
自分でそのギャップを乗り越える事が出来そうになかった時でもあった。

知人が庭に花を植えるのを眺めていたある日、
戦争の事をどう思うか聞いた事がある。

知人は花を植える手を休め 少し考えてから答えてくれた。

『人と人が殺し合う 戦争は正しくない。
どんなにいい言い訳があるにしても正しくはない』
と教えてくれた。

私は黙って頷いた。

私は 今までに沢山の大人のアメリカ人に出会った。
命の事を真剣に体験した人でしかこんな言葉は出てこないのだと思う。
頂いた言葉を大事に思う。

リユニオンがあって 戦士をした人たちのため黙祷がされた。
私も一緒に黙祷をし 静かに祈った。
沢山の人の死の犠牲のうえに今があり 私たちの命がここにある事を学んだ。

式が終わったとき 知人が言った、
我々の同胞に祈ってくれてありがとうと言ったのだ。

父と一緒の暮らしの中で
私は 戦争で亡くなった人に手を合わせる事を学んだ。
お盆には 亡くなったご先祖さまと 戦士をされた方を祀った大日に行った。
広島原爆記念日には 祖父の事 父の事 伯母や従兄弟の事
沢山の無名死者のこと

世界中には色んな人間がいる。いい人も意地悪な人もある。
でもそれは人間。
生きて どれだけ沢山素晴らしい人に出会えるかが 私を育ててくれるもの。
私を豊かにしてくれるもの。
自分を向上させる事が出来る方向に アンテナを張っていたいと思う。


父と私の原爆の日:
父が亡くなって 父から私に原爆の話をする事が無くなった。
0
タグ: 原爆の日



コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ