「子供の情景」 第7曲 トロイメライ
「今この曲集ルール」
1)譜読みは丁寧にやる
2)ゆっくりなら確実に弾けるようにする
3)子供の情景はできればインテンポを意識して今日は動けるところまで頑張る
サブ・テキストは『ガラスの仮面』?!
ROBERT SCHUMANN Kinderzenen Op.15 Träumerei
エーレッスンにも行けないくらいバタバタしてた週ですが、何とか忙中の閑、ピアノを弾く日が取れると嬉しい限りです。やっぱり毎日なんて練習無理なんだよね。
でももっと多忙な方でピアノ弾いちゃう人がいます。なんつって。
このトロイメライ、大都芸能社長・速水真澄の弾ける唯一の曲なんだそうだ。
これが登場する所って、ワタシが特にレッスンを再開して余計に良く思い出して、いいなあと思う場面の一つである。
『ガラスの仮面』の中での劇中劇「二人の王女」に、主人公北島マヤとそのライバル姫川亜弓がそれぞれお互いのイメージとは違う役柄に決定した。
いかにも苦労知らずの誰から見てもお姫様を演じるのは、その育ちや仕草も結構ふとした所で出てしまうので、どう考えたって実力もあるけれど、何不自由なくお嬢様として育った亜弓さんの役に相応しい。
一方王宮を長く離れて、人を信じずに育った、しかし王家の人間であるという所謂悪役、これはどちらかというと、粗野な所があっても不思議ではないから、マヤでもボロは出ない。というか迫力が出ていいだろう。
マヤったら狼少女とかヘレン・ケラーとかやっぱりはまり役なのだ。
要は王家の人間といってもいろいろタイプがあるので、やってやれない事も無いのである。
所謂身分の高い役としては、おきゃんな華族令嬢の役だってマヤは経験してるのだ。
しかしこの王女のキャラクターがあまりに優雅そのもので、マヤにはない要素の塊だったのである。
さて決定したキャストはお育ちの良い王女の役に何とマヤ。
人を信じない苦労人の王女が亜弓さん。
ミス・キャストなのか?
いや亜弓さんはまだ何とかなるだろう。
努力でどんな役でもこなしてきた人で「王子と乞食」の一人二役でさえ見事にやってのけたのだ。まあそれでも向き不向きはある。一人芝居のジュリエットなんかは、パントマイムもあったし、踊りは一通り何でも習っている、亜弓さんのテクニックがふんだんに生かされた役だったろうが、ヘレン・ケラーのダブル・キャストではどうもマヤに負けた感じがあるんだな。
一方天才とはいえ、マヤにそんな素敵なお上品な振る舞いがどれだけ出来るのか?
劇中劇の「二人の王女」の話そのものも勿論華やかで楽しいが、二人が役を身につける過程がとっても面白いので、何度読んでも好きなのである。
そんなわけで流石の亜弓さんもちょっと苦労した。
立派な自分の美しい部屋でほわ〜んとしてしまって集中できず、却って稽古がしづらいのだ。
マヤはマヤでそんないい部屋、いい空間をそもそも体感した事がない。
亜弓さんの申し出により、二人は生活空間を交換するのである。
こうして亜弓さんは、コンクリートの日も当たらない部屋で粗食に耐える生活をし、やせて暗い表情、あの華やかな目立つ存在だったのが、存在感のない雰囲気を、稽古場でも出せるように、役に入り込んでいけるのである。皆のお姉様である中心人物の亜弓さんがとっても感じ悪いのだ。面白いシーンなのである。
一方亜弓さんの、立派な邸宅のレースふりふりの部屋に住んでもいいと言われちゃったマヤは、まだまだなじめないし、珍しいものばかりだし、その生活もただただお洒落で、自分とはかけ離れている。
マヤは庶民代表なのである。
(うーん、ホントはマヤは一般庶民よりさらに苦労してる生活なんだけどね。演劇の才能を見出される前もそうだし、劇団に入ってからは当然演劇の為に切り詰める生活になる。)
紅茶の種類だって知らないし、自由に楽しんでいいと言われた音楽その他も、演ずる劇と関連していなければ、教養としては特別知らなかった芸術の世界だ。
そこへいつも結構役のヒントを手助けしてくれる、真澄さんがやって来る。
この時に部屋にあるグランド・ピアノを、ちょっと真澄サマが戯れに弾くのだ。
これがトロイメライ。
これしか弾けない、と真澄サマが言うのである。
でもそれをみてマヤちゃんは、ちょっとすごーいとか思っちゃうんだね。
マヤはピアノなんて縁の無い生活だったのだ。
つまり、真澄サマは昔習ったことはあるけれどそれきりだ、といっているのだけど、トロイメライを弾くくらいまでは習っていたわけだから、そこそこの年数やってたことがわかる。
彼はまた、やはり昔この役をやったという女優さんとマヤとを引き合わせる。この女優さんが「演技で美しくなればいい。」というアドバイスをマヤに親切にも伝授するのである。
マヤもこの女優さんも、亜弓さんのようにいかにもどこにいても目立つ華やかな美人というタイプではないらしい。
マヤって普通に可愛い顔だとは思うのだけど、学生生活の場面でも一般大衆に完全に埋もれちゃう感じの子だとされているし、とにかく演技してないと平凡そのものだということになっている。(演技すると、ちょい役でも舞台で目立ちまくってしまう舞台荒らしの時代はあった。)しかし、この王女役ではどうしてもひたすら優しく、エレガントで、美しく、全員の中心として一目を引かなければいけないのだ。そうやって愛を一杯に受けて育ってきた王女なのだから。ちょっとでも普段の庶民っぽい平凡な感じが出てしまったら、演技をする為のガラスの仮面が割れてしまう。どんな時でも王女様っぽい恵まれた雰囲気ってどんなだろう?
それでもマヤは、段々美しいものに囲まれて行く内に、こういう所で育ったのが普通であるという、女性の気分を体感していくのである。
きっと真澄さんにもこういう部屋って身近だったのだろうし、ここは亜弓さんの部屋である。
そしてお城なんだから王女はもっともっと豪華な部屋だったんだろうな。
ここだって凄いのに。ゆったりしてて何もかもあって何の心配もないこういう感じ……。
姫川邸の人々には何もしていないように見えたとしても、このほわ〜んとした何もかも恵まれた雰囲気そのものが、マヤには別世界の存在であり、今の役に必要な体験だったのだ。
やがてマヤは劇で初登場の際、真澄サマをドキっとさせるくらい、誰から見てもあまりに素敵な美人の顔でかつ気品高く現れるのだ。
確かにこれ、素のマヤではありえない。
亜弓さんも理屈でなく演じる人物が憑依した体験ができて、二人の王女を演じた女優たちは新境地を見出すのだ。
さて真澄サマがトロイメライをちょろっと弾くこの場面、そんなこんなで二人の育ってきた環境が出てくる場面でもあるのだが、ワタシもマヤちゃんと同じく、真澄サマかっこいいなーと思った。
ほら、真澄サマは社長で忙しくしている身なのだし、ピアノなんてろくろく触る時間なんて普段どうせ無いのだ。それでもいざという時、好きな女性の前でこんな披露の仕方ができるのである。
この話から随分経って後に登場した真澄サマの婚約者の紫織さん、絶対真澄サマのこの特技、まだ披露してもらってないとワタシは睨んでいる。
真澄サマは養子になった人なので生まれた時から何不自由ない生活というわけでもなかったのだけど、何しろ少年の頃に引き取られてそこから英才教育を受けた人で、且つそれを受け入れる力量の持ち主であったのだ。
一方マヤは、せっかく亜弓さんに、この部屋のものは好きにどうぞと言われているのにも関わらず、部屋にあったグランド・ピアノを触りもしなかったのだろう。
だからマヤにとってはもう、インテリアの一部でしかなかった存在だというのがよくわかる。
マヤったら若草物語のピアノ好きのベスの役までやったのにね。一寸面白い。
一応ピアノが幼少の頃から好きで育ったワタシなら「亜弓さんにいいって言ってもらったんだも〜ん。」とばあやに構わず大喜びで図々しく弾きまくって、姫川邸の人々にすっかり迷惑がられるところである。
このように、もし二人の目の前にグランド・ピアノがあったら何が起こるか。
二人の育ってきた環境の対比の表し方が上手いなあという場面なのだ。
さてこれは場所もとってもいい。
2人きりで、亜弓さんの邸宅であるから、正にワタシがこのブログでよく時々主張するように、気軽で、でも素敵な、理想的な人前演奏の場所である。
そういう曲が現在自分にあるのかどうか。
そしてこういう場所と聴かせる相手がいるかどうか。
ワタシは普段このような機会はとても貴重だととても考えているし、ステージの前段階としていいなあと思っているのだ。親しい間柄でも、お互い多忙なのだから、その日の日程にあわせて、そしてわざわざプログラムに合わせて、貴重な休日に絶対来いとは毎回難しいものなのだもの。
しかしピアノのある場所にこんな風に居合わせたら、完璧でなくってもちょっと弾けるってのはいい感じだと思うし、少々の事があってもエヘヘですむのである。
弾きたい人聴かせたい人の都合だけでいいから、かなり日程に自由度がある。これは忙しい社会人にとって嬉しい。
また、こういう機会を経るにつれて、人前でひっかかる独特の緊張する場所が結構洗い出されるので、ステージの本番までにいろいろまたこれを参考にして対策が立てられる。
真澄サマはステージで華々しく弾いたわけではない。

でもほら、こんなにかっこいい!
そして多分曲の最後まで弾いてなかったとしても、万が一ミスしちゃってても、そこはこういうシチュエーションなら「フッ……やはりもう駄目だな……。」って笑って済むじゃないか。もう一度弾く事だって可能である。
大体真澄サマくらいになると一寸おちゃめに失敗しちゃっても、却ってポイント高いんだもの。
それでも十分マヤは感心してびっくりしてたと思う。そして何より役作りのヒントの一つになったのだろう。
でも実際の所は、真澄サマ、亜弓さんの御宅には仕事柄初めてではなかったろうし、こういう御宅にはピアノっつーのはあるだろう事が予想される。
となると案外マヤの為に、事前に猛練習しちゃったかもしれない。
それならそれでまた素晴らしい事だ。
マヤの為だけの真澄サマのピアノって事だ。
ステージでなくてもこんなにかっこいい事が起こるし、ステージにわざわざ出ない事で、沢山人前で弾く事が出来るのだ。そしてそれがちゃんとステージへのリハーサルになっていく。一旦ステージに出るとなると、こういう形式って、お客は基本的に完成品を期待するのだから、ある程度の練習の成果が感じられるものを持っていかないと、失礼になってしまうのだ。多忙な社会人にとって、ピアノの練習時間を確保するのは、多くの人にとって大変な問題ではないかと思う。
そして、多分私は、人が間違いなくびっくりするような難曲をトライできたとしても、結局いつまでも人前では十分じゃなくて難しくて弾けないでいる状態より、「昔習ったの。これだけ覚えてる。」と「エリーゼのために」とか「乙女の祈り」なんかをちゃんと暗譜で弾いてもらえちゃったりすると、その方が羨ましいと感じるだろうな。だってせっかく習ってもワタシくらい練習しないで忘れてしまうと、なかなかレパートリーって定着しないし、結構習っていたのに、楽譜がないとかなり弾ける曲が限られてしまう。というわけで小さな曲からちゃんと覚えていこうという作戦である。
とにかく気軽な場所で物凄くなくても小奇麗なのをさりげなく、というのって、それだけでも結構大変なのだし、それでもそういう機会が沢山得られた曲というのは、自分なりに落ち着いて弾けるようになっていくので大事だと思う。
このトロイメライは落ち着いて弾ける曲だし、小奇麗だし、有名な曲だし(マヤはきっと知らなかったんだろうけれどな。へーきれいな曲〜くらいの感想しかない所がリアルである。)しかも短い曲だ。
真澄サマのいざという時のこの1曲になかなかふさわしい、素敵な曲だなあと思う。
そうだなあ、実際にやろうとするならば、こういうシンプルな曲は却って難しい部分もあるとは思うので、その辺りは人によるかもしれない。
しかしトロイメライを弾く度に、一寸真澄サマとご一緒に弾いている気分になって楽しかったりする。
それにしても美内すずえ『ガラスの仮面』の新刊って、無事に出るかドキドキしますね。
ワタシマンガは単行本で読む派なんですが、こればっかりはいつのまに「別冊花とゆめ」で追いかけちゃうようになってしまいました。
続きも早く読みたいと願っている一人です。
『ガラスの仮面』はここでも登場
メンデルスゾーン「夏の夜の夢」
http://sea.ap.teacup.com/catcat/415.html#readmore
「別冊花とゆめ」白泉社
http://www.betsuhana.com/
そんなわけでやはりまだまだ終わらない
『ガラスの仮面』