揺れ動く乙女心…
ウラルの
ぐみの木
Уральская рябинушка
−演奏動画付き・再録−
♪ 川面静かに歌流れ 夕べの道を一人行けば
遠く走る汽車の窓光る 若者の待つぐみは揺れる
おい 巻き毛のぐみよ 白い花よ
おい ぐみよ何故にうなだれる
(関鑑子訳詞)
ご存知
「ウラルのぐみの木」。50年代から60年代にかけて日本でも広く歌われました。うたごえ喫茶などでこの歌を知ったという方も多いことでしょう。
いわゆるロシア「民謡」とされることが多い曲ですが、作詞者も作曲者もはっきりしており、また訳詞の「汽車」という言葉でも分かるように、1953年作曲の現代的大衆歌謡です。
♪ 静かな夜 川の上を歌が流れている
遠くに 工場の明りが光っている
どこかを走る汽車が光の点になって見える
どこかナナカマドの下で 若者たちが私を待っている
ああ 生い茂るナナカマドよ、白い花よ
ああ ナナカマド、ナナカマド
お前は何を悲しんでるの?…
(中島章利訳)
作詞は
M.ピリペーンコ、作曲は
E.ローディギン。タイトルにある「рябинушкаリャビヌーシカ」とはрябинаリャビーナ=ナナカマドの愛称。ロシアの歌で「カリーナ」、「リャビーナ」とあったら女性の象徴的・比喩的表現です。
作詞の
ミハイール・ピリペーンコМихаил Михаилович Пилипенкоは1919年8月29日生-1957年没。ウラル地方のスヴェルドロフスクに在住の詩人。地方コムソモール新聞「交代」の編集者として働いていました。
作曲は人民芸術家
エフゲーニィ・ローディギンЕвгений Павлович Родыгин。ローディギンは1925年2月16日ペルミ県チューソヴァヤ市の農家の生まれ。健在です。
ウラルのナナカマドに関する歌はスターリンが死去した1953年に登場し、当初は有名なヴォルガ―ドン運河に関連した内容を持っていましたが、まもなくローディギンはピリペーンコに新しい歌詞の書下ろしを依頼。かくして2番目のバリエーションが「ウラルのぐみの木」として大衆的な人気を博することになり、最初の歌詞は人々の記憶から消えていったのでした。それでもローディギン自身が2004年に語っているところによるとこの2番目のバリエーションも当初は不評だったようです。
ローディギン: 「ウラルのぐみの木」は不評でした。ウラル民謡合唱団の指導者にこう言われましたよ。「われわれはワルツは歌わない。われわれにはこの曲は必要ないね。この曲は歌と踊りのアンサンブルに持っていってくれよ」とね。もちろん、私はむっとしましたが、でもウラルの合唱団出張公演の時にときどき音楽主任が公演に不在だったもんですから(音楽主任は自分の家にいましたね)、私たちは国のあちこちに公演に出かけていき、私はこの曲を公演レパに入れたわけですよ。それでこの曲は聴衆の大人気を得たというわけです。こうして音楽主任が好むと好まざるとに関係なく、バレーマスターは音楽主任と一致してこの曲がレパに必要だということに賛成したんですよ」
(中島章利訳)
「ウラルのぐみの木」はロシアのアンサンブル
「Золотое кольцоザラトーエ・カリツォー黄金の環」に代表されるように、中庸のワルツのリズムで地声を活かした民謡発声で歌われることが多いのですが、一方ではA.スヴェシニコフ指揮アカデミーロシア合唱団による重厚な演奏もまた大変に魅力的です。
画像/エフゲーニィ・ローディギン
≪ウラル・ロシア民族合唱団の演奏≫

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