女声合唱団チャイカ
ロシア民謡を中心に歌います
ロシア民謡・歌曲を歌う
女声合唱団チャイカ
毎週金曜日。午前9時45分〜正午。春日市ふれあい文化センター。 経験不問。参加ご希望の方はご連絡下さい。 このホームページへの投稿形式でのお申し込み・問い合わせも大歓迎です。 Tel・Fax(092)571-7094 中島章利・貴子
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ユネスコ・カレンダーにも載ったガムザートフ記念日 »
2009/9/22
「ユネスコ・カレンダーにも載ったガムザートフ記念日2」
お知らせ
ユネスコ・カレンダーにも載った記念日
ガムザートフ記念
『白い鶴の日々』A
Дни≪Белые журавли≫
≪首都マハチカラのタルキ・タウ山にあるガムザートフの墓所。
Расул Гамзатовラスール・ガムザートフと刻まれている≫
【前回からの続き】
10年前、国際テロリスト集団がダゲスタンの地を侵略しました。
このとき、ガムザートフはペンを剣になぞらえて侵略者たちを糾弾し、彼らを退去させる戦いの先頭に立ったのでした。
ダゲスタンの人々の勇敢な戦いによってテロリストは退去させられましたが、多くの拭い去りがたい傷跡が残りました。
ガムザートフはこの記念の日が国際的なものになることを願っていました。彼の死後のことになりますが
ユネスコは『白い鶴の日々』を、記憶に留めるべき国際的意義のある日付としてそのカレンダーに繰り入れました
。
≪クニープ高原にある「白い鶴たち」の記念碑。クリックすると大きい画像でご覧になれます。≫
ダゲスタンで最初の記念碑≪白い鶴たち≫の除幕式が行われたのはクニープ高原で、1986年
8月6日
のことでした。奇しくも広島に原爆が投下されたのと同じ日のことです。
このときから≪白い鶴たちの日々≫は戦争で命を落としたすべての人々のことを思い起こす、恒例の、しかし悲しみの日ともなりました。
この日は歴史的にも地理的にもその範囲を広げています。なぜならこの日、私たちはカチンとヒロシマの、グローズヌィとカスピィスクの、ニューヨークとモスクワのバグダッドとベスランの、ベルグラードとツヒンヴァリの犠牲者たちのことを思い起こすからです。
最初の記念碑が出来てから20年、ダゲスタンの若い世代が成長しました。
第39中学校生ザイーラ・エリダーロヴァさんは演説の中でミケランジェロ・ブオナロッティの詩行を引用しました。彼女によればその生涯がガムザートフの詩と似ているのだそうです。
「作品は作者を越えて生きることが出来ます。自然に敗れた作者はこの世を去りますが、彼が刻み付けた形象は幾世紀も心を温めていくことでしょう」
石だらけの台地の小村ツァダーの山岳民、平凡な少年は巨大な世界を見、自分の詩の中に取り込みました。
この惑星の熱点は彼の詩の眼目となったのです。
少女アミナート・アスハバリーエヴァさんはガムザートフの詩篇『子どもたちを守り給え』を朗読しました。
詩篇を朗読するのに先立ち、彼女は次のように述べました。
「私は自分が男の子でないのが残念です。ラスール・ガムザートフは自分に対して、また私たちのような子どもたちを守れと彼に言い残した父について、この詩篇を書いたのだからです」
暴力とテロルに対して団結して闘うことを善意の人々に呼びかけたガムザートフは2003年11月3日、彼自身がかくも胸迫る悲しさで頌えた鶴の群れへと、私たちのもとから飛び去っていきました。
しかし、彼の詩と白い鶴の日々、永遠の記憶と気高くも悲しみの日は、つねに私たちとともにあるのです。
≪胸迫る映像とメロディ。2分45秒あたりから背景の中に地平線にたつオベリスクらしきものが見える。演奏は初演をつとめたマールク・ベールネス≫
≪ドミートリィ・フヴォロストーフスキィ(バリトン)がうたう『鶴』。モスクワライヴから≫
9
投稿者: takakotono
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投稿者:フルンゼ
2009/9/23 17:44
ガムザートフについて、貴重なニュースを掲載していただき、ありがとうございます。9月13日、「9.11」8周年を迎えてのセプテンバー・コンサートに出演し、「鶴」を唄いました。もっと、曲想を深めてガムザートフの心を伝えていきたいなあ、と反省をこめて思っています。
http://park21.wakwak.com/~sakiel/index.html
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