その2の3の続きです。
◆もっとお金の掛からない交流を増やそう!
とは云ってもヒトが生きて行くには衣食住が必要なので、手弁当というかギブアンドテイクというヤツですかね、そういう形で互いを高める交流を作れないものか、と思ったり…
昔、この島のご先祖さんたちがしていた自給自足な生活はリサイクルに繋がり、廃棄したモノは土に帰るものばかりだった。ヤシの実は周囲の繊維を取除きコプラを出すが、その繊維自体はリサイクル可能。タワシにもなるしね。コプラの中にはジュースもあるし、ココナツミルクやオイルが採れる。タロ芋も採取した後に茎を再度埋めておけば次の収穫に繋がる。魚の骨も利用価値はあったそうだし、食べ残しはタンパク源となる家畜の命を繋ぐだけではなく、土を肥やす事も出来ただろう。
BBQで利用するスチロール製の皿やカップ、そしてプラスチックのフォークやスプーン等は、現在では石油系だけでなく植物系のバイオプラスチックを選択する事も出来るだろう。しかし消費者の少ない末端の島に入荷されるのは種類や品数は限定され、原材料等について精査する必要はなく、ただコストの安価なものに走りがちだ。シャンプーや洗剤類の詰替えパックも今では珍しくなりつつある。
◆サマースクール
近々日本の小学校でも本格的に英語の授業が導入されるそうだが、例えば英語教師を目指す学生さん、また理科の教師やそちら方面の研究者を目指している学生さん、島の子供たちにエコシステムとはどういうものなのか、長期休暇時を利用し現地でホームステイをし乍ら、体当たり英語でコミュニケーションを取ってみる、というのは如何かな。
10歳頃までの子供たちは発音が悪いと辛辣なのだけれど、英語習得は恥をかき乍らも喋り続ける事が大切。そして英語は学科の1つではなく、コミュニケーションツールだと実践で理解出来ると思う。
その際に必要なのは、何故ゴミはゴミ箱に捨てるべきなのか、何をどうすると海は汚れ、それが自分たちにも返って来る、なんて基本的な事から始まるエコシステムへの理解、という事。誰もが何処でも生きて行く為に必要な知識として習得し、その意味を違う習慣の中で過す子供たちにも情報として分け与えて欲しい。英会話力は確実に鍛えられる筈。もちろん事前に予習は必要だろうけれど、ね。
何をするにも『お金』という言葉が先に来る昨今。何もかもやって貰おうとか、やってやろうという考えは棚の上に置き、各々の持つ情報をシェア出来る環境作りが出来れば良いですね。
◆この島に必要なのは教育だ!
北マリアナ諸島最大の産業だった縫製業は中国がWTOに加盟した事により、この地に工場を構えるメリットがなくなった。そしてサイパン島から次々と撤退し現在は数社を残すのみ。その中には過去には日本のアパレルメーカーの下請けをしている所もあったんですよ。
その産業がなくなってしまった事に加え、ほぼ撤退に近いJALの運休が重なり、現在の北マリアナ諸島は経済面での大きなダメージを被っている。それに続き、この島的には優秀な人材がより良い職を求めてグアム島や米国等へと流出しているのだが、問題なのは残された人々。それがどういう事であるか想像できますか。スキルアップを目指すならともかく、そんな事微塵も考えていないようなヒトが蔓延していたら…
そんな大人を見ていたら、身近な子供はどうなってしまうのだろう。反面教師にするならともかく、外の世界を知らずにいればダラダラに対して違和感も持たないかもしれないな、なんて思う。
それはそれで彼らの幸せであって、そんな心配する事自体が余計なお世話だ。と云われるかもしれないけれど、もしこの島がエコツーリズムを主体し、政府がローカルの就労率向上の為、外国人労働者を排除の方向に動くのならば、彼等が他国からのゲストを迎える主たる者になる訳ですね。
そう云う時に、経済の動きやら島の外の出来事に関心もなかったり、サービスというもの自体を受けた事もなければ、来島者がこの島に何を求めているのか、客観的な意見を持ち、そして自分たちで島を成長させられるのか、激しく疑問に思う。
例えばスーパーのレジ係、または補助しているバイト高校生。レシートの受け渡し1つとっても、彼等の態度次第で買物に来たツーリストのサイパン島の印象は良くも悪くもなる。レシートを放って渡し悪い印象を与えたとしても、そんな事に気付かないだろう。多分、悪意があってやっている訳ではなく、ただ知らないだけなんだから。
愛想が良いコはもちろん沢山いる。しかし愛想とホスピタリティは違うんじゃないかな。ホスピタリティには体験と学習が必要だと思う。小さな島に生まれ育っても、良き出会いがあれば自らの位置を知り、この島を良い状態で次の世代へ引継ぐ事の重要さに気付き、そして行動してくれる、そんなヒトが出てくれる事を願う。
一応、あくまでも妄想 その2 おわり

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