ルワンダってどこだっただろう?
いつ起こったことだっただろう?
何があったのだっただろう?
本編中で先進国から来たジャーナリストが言う「
世界の人々はあの映像を見て“怖いね”と言うだけでディナーを続ける」という台詞。僕はその「人々」の中の一人だったかもしれない。
だからといって何が出来たのか? 自国政府に働きかける? 救援団体に寄付する? 当時24歳だった自分に何が出来たのか、それには「分からない」としか言えない。そしてこの映画は、その問いに敢えて答えを示さない。
出来れば目を背けたい映画だ。
1994年、ルワンダ民族紛争の中で起きた、死者100万人に及ぶと言われる「大虐殺」。主人公である欧州資本の高級ホテル支配人が、機転をきかせてその惨劇の中から千余名を生き延びさせる話で、実話が元になっている。アフリカ版「シンドラーのリスト」と言われる。
↓以下、多少ネタバレがあります。
大虐殺の話と言っても、死屍累々の山の映像は出てくるものの、凄惨な殺害現場のスプラッタ映像はない。押さえられた表現の中で、大虐殺という極限の狂気と恐怖を圧倒的に感じさせる。(ちなみにレイティングは付いていない)
そして、主人公が葛藤する「守るべきは家族か避難民か」という内なるヒューマニズムの揺れ動きや、「国際社会から見捨てられた」という絶望的な無力感の中でも、何とか生き延びることに尽力する主人公と国連平和維持軍司令官の姿に、人間の強さと弱さが交錯する。
一面においては、そのような大混乱の中にあっても、ハイネケンを飲みながら夫婦で抱き合えるような、自分自身の人脈を通じて海外に亡命するルートをつかめるような、そんな恵まれた環境を持った上流階級の話とも言える。
しかし、見ている側の胸に投げ込まれた石礫は、ストーリーが進むにつれ尋常でなく重くなっていく。主人公は不幸中の幸いとばかりに笑顔でエンディングを迎えるが、こちらはとても笑って劇場を出られるものではない。カップルで見に行っても、鑑賞後は無言にならざるを得ないだろう。
主人公が安全な難民キャンプに到着する終盤には、主人公はホテル支配人という立場をもう表に出さない。しかしそこに、「シンドラーのリスト」のラストで主人公シンドラーが泣きながら後悔したような「もっと救えたのではないか?」という悶絶は生じなかったのだろうか? そういう消化不良があったのが、少々残念ではあった。
ところで、この映画の中には日本人だからこそ感じなければいけないことが一つだけある。全編を通して主人公と行動を共にする、もう一人の重要キャストと言っても良いような存在があるのだ。
その名は「
TOYOTA」。
アフリカの小国に至るまで世界を席巻する日本ブランドが、ホテルの社用車として登場する。現実の方でも同じ車だったかは分からない。しかし、この惨劇が遠く離れた我々日本人にも決して無関係ではなかったのだと、無知と無関心を責められているように感じた。
上映館が少ないのだが、公式サイトにリンクを張っておくので、心に余裕があるなら、万難排してぜひ見ておいて頂きたい。この重い映画にして唯一の御愛嬌と言って良いと思うが、トレイラーやクレジットには出てこない大物シークレット・キャストがある。それは見てのお楽しみだ。

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