風邪が治らず、今日も休んでしまった。
有休がつくようになったはいいけど、半日でも1日分とられる。
今日は午前と午後、移動のある日だったので、2日分とられる。
ま、仕方ないか。
アルバイトでレジを打ちながら、音楽療法は週1日だけ。なんとかなるだろ−って毎日のんびり生きてた。
英会話行って、貧乏旅行して、貧乏だけど、時間はあって、楽しかった。
音楽療法はお金に変えられない。千円でも出れば喜んでいきます!それが私のスタート地点。
すると、評価は後からついてくるもので、少しずつお金という形で表れ始めた。
そして、有り難いことに口コミで私の仕事は増えていった。
スケジュールがいっぱいになって「うちの方でも」とお声がかかり、何ヶ所断ったことだろう。心苦しかった。
でも毎週私を待ってくださる利用者様方を裏切ることはできない。
それでも私を必要としてくださる施設が増えてきて、そこに次第にお金が絡んでくることとなった。
変な話、お金はやはり、評価であり、どれだけ自分が必要とされているのかという判断にもなってくる。
と同時に、自分自身への責任も大きくなってくる。
情けないけど、親の扶養から外れたのも、年金や保険などを払えるようになったのも、ここ最近のことだ。本当に極貧だった…それがまぁ、今はなんとか生活できてる。
いつも家族に心配されていた。
社会のレールの上から逸脱して、「イェーイ、ヒッピー

」なんて言ってたけど、いつの間にか歩いてたよ、自然な形で。周りの力で。
でも立場的に不利だなと思うことは多い。
分からないことが多い。
難しい。
非常勤だし。独りだし。
でも独りだから私に合っているとも思うし。
それでも私は、やっぱり利用者様方と別れたくない。
だから、職場が増えて、移動が増えて、お会いできる頻度は減ろうとも、一ヶ所も私は辞めていない。
やっぱり辞められない。
毎日見る笑顔、涙、生命を燃やす姿、私自身学ぶことが多く、成長させていただいた。
半年後には、10年目に入る。
1番大事なことは、ご利用者様方と正面から向き合い、尊敬し、受容し、共感していくということ。
その為に音楽が存在するということ。
私を学生ボランティア時代から救って下さったのは、ご利用者様方であったということ。
立場の弱い学生が、叩かれ、はじき飛ばされそうになり、涙を流した。
でもそれを救ったのは、ご利用者様方の笑顔であり、涙であり、またそれを見た御家族の意見であり、支えであった。
それが自然な形でそこで働く大人達に伝わった。
だから、私は音楽と人間の持つ力を信じて仕事をする。
こんな風邪を引いて、情けない。
今日も私が休んだことで、何名の方々をがっかりさせてしまっただろう。
皆さん、音楽を待っている。
忙しくなったり、毎日続いたりすると、つい目の前で起こっている奇跡が当たり前のことのように思えてくる。
ありがとう、という言葉の意味や重さ、もっと感じていこう。
余裕を持とう。
さて、明日の為に休むぞ。
おやすみなさい
