2009年1月後半から卒塾公演の発表戯曲作成に取りかかり、3月16日北村想塾長の最終講義。
それ以後、担当師範にマンツーマンで指導をいただき、4月29日に師範より作品完成のお許しをいただくまで、3月23、30、4月6、13日と毎週昼高速バスで伊丹通い(もちろん行きも帰りも高速バス10時間)。夕方大阪駅に着きアイホールへ。19時〜19時30分、会議室で師範と対面しご指導をいただく(これがも〜のすごく貴重&大事なのだ)。
東京へ帰るバスは23時発。伊丹駅前にあるイオンモールという超でっかいショッピングセンターの中のまたまたでっかい飲食フリースペースで、今指導を受けたことを思い出しながらパソコンに向かい、時間がきたら大阪駅へ移動しバスに乗る。もう肉体もギリギリ。やっぱ高速バスは苦しい〜。あんまり苦しくて一度だけ、禁じ手、新幹線を使ってしまいあまりの速さに涙。料金も涙。
それ以後はメールでのやりとり。最後は朝昼関係なく直しを送っては講評・添削をいただきまた直しては送りまたいただくというやりとり。最後のメールのタイムスタンプを見ると、朝6時、8時、10時、11時。完成のお許しをいただいたのは昼の12時を回っていた。師範は担当塾生が4人。みんなだいたい似たような状況。思わず関西方面に向かって手を合わせる──とのことは以前に書いた。
その間、4月16日には自分のソロコンサート(この日記にも書いた「緋国民楽派を歌う」ですね(^_^;))があり、5月5、6日には東京文化会館小ホールでのこんにゃく座のソングコンサート。その翌日7日と翌週14日には僕の作品の稽古があるので(もちろん他の塾生のも)伊丹へ(当然高速バス10時間〜)。
5月後半からは本格的に9作品の稽古が集中的に行われる怒濤の日々。せっかくなので全塾生の作品の稽古を見たい。彼らの作品がどう立ち上がっていくのかに立ち会いたい。稽古は主に夕方からなのでいちいち帰るのは不可能。うーむ、どうしよう。経済が、肉体が……。
そのとき東の空から声が。「わしゃ神様じゃ。あんさん、ぐじゃぐじゃ言うとらんとぎょうさん勉強しなはれ〜〜」──との電波を受信。ハイ、わかりました。もうわたしゃハラくくった。4月・5月はアルバイトをするのをあきらめる。自分への先行投資。前向き借金。これこそ正しいお金の使い方じゃあ! よおしよおし、ホテルに泊まって(カプセルだけど)もうずっと(というほどでもないけど)伊丹にいることにした。