「『森』の日々──1」
いやはや日記がとどこおりまくってしまい申しわけございません。『森は生きている』の旅は京都の体育館公演を終えて移動し、本日は愛知県豊川市におります。
毎日毎日『森は生きている』を公演するということは毎日毎日このお話を読むこととにている。以前、この作品に出てくる娘の継母であるおっかさんとその実の娘(もちろん娘とは血のつながりはない)はなぜあんなにも娘を憎むのかということについて書いたことがあったが、今回もちょっと気になることを書いてみたい。
『森は生きている』というお話には両親をなくした幼い女王と、やはり両親をなくし継母にいじめられるまずしい娘が登場する。
女王様は生活になんの不足もなくすべてを持っているかのようにみえる。だが女王は実はなんにも持っていない。いっけん物質的なものを何一つもっていないまずしい娘と実はなにもかわらない。
森へ薪をひろいにきた娘とそこで出会った兵士の会話にこういう一節がある。
兵士「お父上の王様とお母上のお后さまがお亡くなりになられてから女王陛下はこの 国の女あるじになられたのだ」
娘 「それじゃあ女王様はみなしご?」
兵士「そうだ」
娘 「かわいそうね」
兵士「かわいそうだとも。誰一人あの子に知恵や分別を教えてやるものがいないんだ からな」