「文化を読み替えることについて──2」
面白いのはその点についてこの二つの宗教は殆ど正反対のことをしています。まずキリスト教の場合ですと「この教えやお祈りの文はどういう意味であるのか」ということを万人に出来るだけわかりやすいようにしています。例えばキリスト教の一番重要な祈りに主祷文というのがあります。「天にましますわれらが父よ〜」というあれです。あれももちろん外国語を訳したものですね。あのずっと日本で慣れ親しんだ、たぶん明治時代頃に訳された文語調のお祈り文はおどろいたことに最近口語体に改訳されています。つまり教会側として文語体ではわかりずらいし現代には添わない。刷新する必要があると考えたのだろうと思います。これはずいぶんすごいことで、教会もなかなか思い切ったことをするんだなあと思ったものです。