「八雲を読む──「人形の墓」その1」
みな様、本当に本当に本当ににもうしわけございませんでした!
いいわけしぇーですが、金子はいくつかのことをタイムシェアリングでやることができない! つまり二人の人を同時に愛せないのですね(。_・☆\ ベキバキ)
9月、10月、11月とコンサートが続き、来年1月にもコンサートがあり、そうすると起きてるときはなんだかもうずうっとずうっとそのことばっかり考えてしまうのです。そりゃ毎週あるわけではないのですがつい「どうしようかなあ」「あれやろうかなあ」「これはどうかなあ」「どう歌おうかなあ」などと考えつつ稽古をしたりなんかするとそれで一日が終わってしまうというありさまでございました。……わかっちゃいるけどあーだめだー!という悪循環でございました。ほんとうに申しわけございませんでした。
ではではではではではー、小泉八雲の作品について語るという快挙? を再開いたします。いえ、させていただきますです。
えーと、今回お題にするのは9月(!)に申し上げました、「人形の墓」──新潮文庫・小泉八雲集(古谷綱武編)昭和22年発行・昭和43年25刷──という短編(もうまわりが渋く赤茶けています)。訳出は八雲の弟子の田部隆次氏。出典は「Gleaning in Buddha-Fields」=「仏陀の国の落穂」。原本は昭和三年発行の小泉八雲集(全17巻・第一書房版)
お話しは八雲が萬右衛門という老人の仲介で11才(くらいに見える)の娘・稲の身の上話しを聞くというところから始まる(この萬右衛門という老人がいかなる人物であるかが気になるがそれは後ほど)。
イネの家は表具屋をしている父と髪結いの母、印刷屋で奉公をしている兄、祖母と妹の6人家族。働き者の両親のおかげで一家は不自由のない暮らしをしていた。
だがある日突然病気で父が死に八日後、後を追うようにして母も死ぬ。そしてその頃、丁度年季奉公があけて帰ってきた19才の兄が、残された祖母と姉妹を支えるがその兄もまもなく病気になる。
父と母がほとんど同時に急死するという事態に近所の人たちは驚き、一つの提案をする。それは人形の墓をつくるということだった。