「「八雲を読む──「人形の墓」その3」」
“ああ、たか、これはひどい、これは恥知らずだ、これは無茶だ”
うーん、これはどういった英語から訳されたのでしょうね。「ひどい」「恥知らず」「無茶」……「ひどい」はわかるけれど「恥知らず」ってのはどういうことだろう。こういうときに「恥しらず」という言い方をするだろうか。恥知らずというのは「まっとうな人間だったら絶対にしないような、人間にあるまじきことをすること」ですかね。「無茶」というのはなんだろう。「その人が自分自身にあるいは他人にとても不可能なことを強制的に要求すること」……かな。まあ、そうして考えてみるとこれらの単語はあたっていないことはない。でもそうはいっても普通の日本人だったらあまり出てこない言い方なんじゃないだろうか。原作が書かれたのが明治時代でこれが訳されたのは昭和初期だからこんな訳になったのだろうか。でも僕はこの言葉の選び方になぜかとても強い悲しみと強い説得力を感じるのですね。
他の訳はどうなっているか。前にやったのと同じようにちょっとだけ比較してみようか。
「たかよ、お前は非常に間違ったことをしている。お前が生きているとき、わたしたちは、みんなお前を大事にした。だれも、ひどいことを言ったものはいやしない。なのに、なぜ、いまこの子を連れて行きたがる? この家の大黒柱であることは、わかっているじゃないか。もしも連れて行ったら、だれもお先祖様をみるものが、いなくなるじゃないか。もしも連れて行ったら、家の名をつぶしてしまうのだよ。おう、たか、これはむごい! 恥知らず! ひどすぎる!」(新潮文庫・上田和夫訳)
うーん、悪くないですね。でも、あれ? 上田訳には「もしも連れて行ったら、だれもお先祖様をみるものが、いなくなるじゃないか」ってのがあるけれど田部訳にはないですね。なんでだろう?