「八雲を読む──「人形の墓」その4」
すいません、なんで「もし連れて行ったら、だれもお先祖様をみるものがいなくなるじゅないか〜」がなぜ田部訳にないのかわかりませんでした。もう少し調べてみます。
さて、稲の家はその後どうなったか。お兄さんは「やっぱり母さんが袖をひっぱる」と言いつつ日の沈む頃死んだ。おばあさんは泣いて、子どもたちをなでながら歌を歌った。
「親のない子と浜辺の千鳥 日ぐれ日ぐれに袖ぬらす」
──余談ですが千鳥というのは親がいなくなってしまうという宿命を背負った鳥なんでしょうか。日本歌曲にもありますね。「青い月夜の浜辺には親をさがして鳴く鳥が〜」(「浜千鳥」詩 鹿島鳴秋 曲 弘田龍太郎)──余談終わり。
結局第三の墓ができたがそれは人形の墓ではなかった。
稲の話しは続く「それが私共のうちのお仕舞いでした」。残った姉妹は冬になるまで親類に預けられたがその時お祖母さんが死ぬ。そして稲と妹は別れ別れに預けられるのである。