「オペラの台本についてあれこれ─1」
はい、さて、とてもいきなりなのですが、ちょっとだけ台本ということについて考えてみようかなと思います。しかも“オペラ”の台本について。
いや〜新年早々またもやジミーな題材でしょうか。関心のある方、少ないでしょうねえ。
ええと、でもね、けっこう面白いと思うんですよ。でも、うわー、うわー、うわー、そんなことできんのかよ?←自分。おまえはお芝居の台本についてわかってんのかよ。はい、わかってません! ですが、まあ、いいじゃあないですか。ひらきなおって、ちょっとだけ、ちょっとだけ。ね。いやー、ほんとにわかんないんです。ですけどまあ、橋本治流に「わかんないというところから考えてみよう」と思いますです。
──そうですねえ、やっぱりこの二つ、書き方というか考え方が似ているようでどうも違うんじゃないかなと思うんですね。お芝居の台本とおぺらの台本は。んじゃナニがどう違うのかわからないなりにたらたらと考えてみよう──という試みです。
いっけん「そんなにちがわないんじゃないの?」と思いがちなのだけどやっぱりちがうと思うのですよね〜。もちろん異論はかなりあると思いますよ。だって世界にはいろーんなお芝居がありいろーんなオペラがありますし、お芝居の範囲はどういうのかなんてこれまた一概にはいえないですよね。オペラもそうだと思うんです。でも、とりあえずここではとても一般的にオーソドックスに“まあこれは「オペラ」だよな(例えばモーツァルトの『フィガロの結婚』とかね)”、あるいは“まあこれは普通の「芝居」だな(例えばシェイクスピアものとか)”と考えられる作品を基本としてみます。