「ユリイカ10月号 特集 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」
雑誌も最新号以外なら図書館で貸し出してるんですよね。うん、便利だ。
ユリイカって現代思想入ってる批評誌だから内容はちょっと難しい。対談とかは普通に読めるんだけど。ヘーゲル的主体が〜とかは難しい。
この前ちょっと書いた三島と『S.A.C.』の関係について、知り合いにちょっと聞かれたんで、その部分を引用しておきます。
(神山健治)
もともと「個別の11人」のモチーフは三島由紀夫をベースにやろうというのがあって、『近代能楽集』は基本は「邯鄲」「綾の鼓」「卒塔婆小町」「葵上「班女」「熊野」「道成寺」「弱法師」「源氏供養」の九篇で構成されています。ですが、あともう一篇アメリカに招かれて書いた「ロングアフターラブ」を足した10篇とする、という逸話を聞き(100パーセント確かな情報ではありませんが)、では、そこに更なる幻の1篇が存在したという設定にしたらどうかと考えたわけです。その幻の11篇目が「個別の11人」とおうい戯曲だったという設定で。(P.46)
この雑誌には載ってなかったけど、劇中で三島の作品そのままのセリフもあると聞いた。どのセリフだろう?
対談や上野俊哉との往復書簡も面白かったけど、小森健太郎の「『攻殻機動隊』とエラリイ・クイーン あやつりテーマの交錯」がいちばん刺激的だった。〈あやつり〉テーマは多くのミステリ作家によって試みられてきていて、『攻殻機動隊』はクイーンが書いた〈あやつり〉とよく似ているらしい。〈あやつり〉のパターンは大きく分けて5つあって、次のように分類できる。
その1 あやつる者が意図したことを、その手足となる手下が実現している
その2 あやつる者と実行者との間に認識のズレがある
その3 実行者があやつる者の意図を超越して行為する。
その4 あやつる者とあやつられる者に逆転現象が生じている
その5 あやつるのは不在の神ないし超越者、あるいは偶然と名づけられる空虚なる存在ないし無
『S.A.C.』では1〜3の〈あやつり〉が、『2nd GIG』では更に4〜5の〈あやつり〉があると述べている。
わたしは5の〈あやつり〉がいちばん面白いと思う。上の定義だとちょっとオカルトっぽいけど、「個人の意図には還元できない社会全体としてのふるまい」と捉えれば、それほど新奇なものでもないんじゃない?古くて新しい問題として興味深い。

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