最終話 合気どう?  恋愛

 人の意見は、それぞれだ。
 それは本当に、聞いていて面白い。
 それから数日後、俺たちは退院して、俺はみんなのトコに出かけていた。
 俺の大切な仲間たち。
 今生きているのは、みんなのおかげだと思っている。
 「だーっはっはっはっはっ!!! 」
 亮は、俺の話を聞いて大爆笑した。
 そして。
 「そりゃお前、中神さんの勝ちだって」
 「なんでだよ? 」
 俺は、にっこりして聞いた。
 「だってそうだろ? そもそも中神さんがわざと攻撃を喰らってくれなかったら・・・その、なんだっけか? 」
 「淵皇(えんおう)だ」
 「そうそれだ。それをやらなかったら、お前が一方的にやられて、平和に終わってたんじゃねえか。中神さんは無傷でな」
 そう言って亮は、うまそうにお茶を飲んだ。
 俺も笑ってしまった。
 「全く・・・いい年して、マジでバカやってんよな・・・」
 亮はそう言って、また笑った後、
 「それで玲奈の方は? 」
 「さっき墓参りしてきたよ」
 俺は言った。すると亮は、
 「そっか。きっと玲奈も俺とおんなじこと、言うぜ」
 楽しそうに言った。
 「こんなバカが、危うく俺の弟になるトコだったと思うと、マジで笑えちまうよ」
 「ま、バカができる弟の方が、楽しくていいだろ? 兄貴? 」
 俺は笑って言った。


 「そりゃシンの勝ちだよ」
 ゲンは口だけで笑ってみせる。
 「おごれるものもひさしからず。中神先生は、自分を過信しすぎて墓穴を掘ったんだ」
 そしてチーズバーガーをかじった。
 「そう思うか? 」
 俺が笑うと、
 「真剣勝負が売りの、実戦合気道家として失格だね。きっとザップもそう言うよ」
 「そっか」
 俺が答えると、ゲンは一気に残りを頬張って、
 「聞いてみる? 」
 そう言うと、俺の返事も待たずに目を閉じて・・・
 「・・・ザップ・・・聞いてたか? 」
 「・・・ああ、聞いてたぜ。ゲンの言う通りお前の勝ちだよ」
 ザップは足を組んで言った。
 「しっかしあの達人中神がねえ・・・その戦い、俺も見たかったぜ。ビデオなんか撮ってなかったのか? 」
 「非公式戦だぜ? ほとんどノールールの「死合」を、外部に流出させるようなもん、残すかよ? 」
 俺は爆笑した。
 「まあそうだな。しかし見たかったな。その「淵皇(えんおう)」ってやつ。特に「闇雷(やみいかずち)」はな」
 「あんなの、もう二度とやりたくねえよ」
 あの境地のことは、今でもおぼろげには覚えていた。
 それはまるで麻薬でもやっているかのような、快楽の境地。
 またいってみたい気もするが、いける保証はないし、だいたいあんな危険な戦いなんて、もうこりごりだった。


 そして俺は、池本に電話して日取りを決めていた。
 俺が日本を発つのは、中神の七段授与式の翌日。
 創合研の人たちにも挨拶はすませて、後はもうなにも残ってはいなかった。
 「シン」
 俺は、ふと我に返る。
 「アキ」
 アキが笑顔で近づいてきた。
 今日はアキとデートしていた。映画を見てショッピングをして、そしてちょっとだけ贅沢なディナーをとって。
 「カナダなんて、緊張するよね」
 アキは言った。
 「私、海外なんてはじめてだから」
 「すぐに慣れるさ」
 俺は笑った。
 結局、アキは俺についてくることになっていた。
 俺が挨拶に行ったとき、アキの母親が、
 「アキは今まで私のために、ずっと苦労をしてきました。だからアキには少しでも、自分の幸せを考えて欲しいんです」
 そう言って、
 「シンさん。アキのこと、お願いします」
 何度も頭を下げてきた。
 「・・・お母さん・・・」
 そう涙ぐむアキに、母親は、
 「お母さんは大丈夫よ。あなたがいなくても、自分でちゃんとやっていけるから」
 そして俺の手を握って、何度も頭を下げた。
 俺は恐縮して、
 「でもいいんですか? 俺なんかで? 」
 そう聞くと、
 「娘の選んだ人ですから、私はなにも心配してません」
 ・・・・・・
 ・・・そんな過剰に誉められると正直、困る。
 俺は何度も頭を搔いていた。


 とりあえずアキの母親のため、俺は光龍館のトーナメントの賞金をアキに渡していた。
 少しでも治療費の足しになればと思って。
 おかげでだいぶ遅れた俺の優勝パーティーは、みんなに大盤振る舞いこそできなかったが、大先生は笑って許してくれた。
 そして中神の七段授与式。
 盛雄流門下が大勢集まる中で、中神は無事に七段を允可されていた。
 そして最後の中神七段の演武。
 「シン君」
 中神に言われて、俺は立ち上がった。
 今日で俺が、合気道着を着るのは最後だった。
 もともとやりたかったわけじゃない合気道。
 ずっと調和の精神じゃなくて、強さを求め続けていた俺にとって、中神との「死合」はその集大成として十分過ぎた。
 ジジイには悪いが、盛雄流の後継者は俺よりふさわしい人間がいるしな。
 だいたいジジイだって、まだまだ生きるんだから。
 俺は中神の演武の受けを務めて、合気道を終えた。
 「どうか、お元気で」
 最後に中神と握手を交わした。
 「あんたもな」
 俺たちは笑い合う。
 もうそれだけで十分だった。
 「さよなら、中神先生」
 最後にそう言って、俺は片手をあげてみせた。


 ・・・そして・・・
 ・・・俺の合気道は終わった・・・


 「なんか緊張するね」
 飛行機の機内でシートベルトを締めながら、アキが言った。
 「そんなに固くなるなよ」
 そうは言ったが、俺だって緊張していた。
 俺だってはじめての海外なんだ。
 「まあ向こうには池本が迎えに来てくれるから、そう心配すんなよ」
 「うん・・・でも英語だって覚えないと・・・」
 そんなことを言いながら、アキは俺の手を握ってくる。
 俺はその手を握り返す。
 「でもこれで中神も一人じゃなくなった感じだな」
 俺は言った。
 「ジジイとの交流も復活したし、天涯孤独じゃやっぱさみしいもんな」
 するとアキが、
 「・・・ん・・・一人じゃないよ・・・」
 「え? 」
 「そっか、シンは知らなかったんだね・・・先生って、実はバツイチなの」
 「そうなのか?! 」
 俺は目を丸くした。
 まさかあの中神が結婚してたとは。
 まるで想像できない。
 「それでね、元奥さんとは交流はないんだけど、娘さんが一人いて、そっちとは時々会ってるみたいなの」
 あの男が父親だったなんて・・・
 悪いけど、まるで想像できない。
 「ふうん。そうだったのか・・・まあ一人じゃないなら、それはいいことだな」
 「うん。でも娘さんともあんまりうまくいってないみたいだから、やっぱり一人なのかも」
 なんだよそれ?
 そうツッコもうとは思ったが、やめておいた。
 あまりにも中神らしくて。
 やがて機内アナウンスが流れて、飛行機が離陸した。
 俺はシートに身を沈めて目を閉じる。
 「私、向こうで合気道場探すの」
 アキが言った。
 「いいんじゃないか? 」
 「シンは、本当にもうやらないの? 」
 「・・・ああ・・・」
 俺たちはずっと手を握り合ったまま。
 それから少しだけ時間が経って。
 「・・・一緒に・・・やりませんか? ・・・」
 俺は目を閉じたまま。
 アキが、少しだけ手を強く握った。
 俺は目を開けるとアキを見た。
 するとアキは、世界一可愛い笑顔を見せて言った。
 「合気どう? 」




                      「合気どう? 」 FIN







  「合気どう? 」 EXTRA


 薄暗い道場だった。
 そこに一人の女性がいた。
 合気道着に身を包んだ女性。
 その腰には日本刀を帯刀していた。
 背が高く細身で色白で、仮面のような美しい顔。
 頭の上に結わえ上げた漆黒の長髪。
 彼女は突然、抜刀すると流れるような動きで演武を始めた。
 他に誰もいない無人道場に、真剣が閃(ひらめ)く。
 すると。
 ぱちぱち。
 突然の拍手に、彼女の動きがとまる。
 「・・・なにか用? 」
 彼女は冷たく言い放った。
 すると道場の入り口にいた男は、
 「相変わらず、冷たいですね。あやめ様」
 笑いながら道場に入ってくる。
 黒いスーツに身を包んだやせぎすの男。
 「せっかく面白い情報を持ってきたんですが」
 そう言いながらその男は、あやめに近づいた。
 「ふん」
 あやめがそう言った次の瞬間、その男の喉元に刀の切っ先が突きつけられていた。
 「・・・それ以上、私に近づかないでくれる? ・・・」
 「これは失礼しました」
 男は、なんてことなさそうに言って、数歩下がる。
 切っ先が下がる。
 「それで、なに? 」
 「・・・お父様が・・・中神六段・・・いや、もう七段でしたね。その七段が授与式の前に「死合」をしました」
 あやめの目が大きくなる。
 「相手はかつての教え子で、盛雄先生の孫」
 「それでどうなったのっ? 」
 あやめが問い詰める。
 「・・・やはり気になられますか? 」
 「「死合」がね」
 あやめは冷たく言い放つ。
 「立ち合われた高段者の話ですと、勝負は引き分けだそうですが、内容は完敗だと」
 あやめの表情が固くなる。
 「さらにお父様は「魔技」までご披露されたとか」
 「それなのに負けたの? 」
 あやめは納刀すると、髪をほどいた。
 しなやかな長髪が流れて落ちる。
 「その相手の名前は? 」
 「中宮シン。今は仕事の都合でバンクーバーにいます」
 あやめは髪を結っていたリボンを手首に巻きつけると、
 「・・・会ってみたいわね。その男・・・」
 そう言って冷たく笑ってみせた。
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