人として生まれ育ち20年。
しかし、その年月の中で心の底から満足した経験は数少ないかもしれない。
人間として生きるには満足できる環境があったし、そこまで不自由ない生活を送っていた。
でも、演劇に出会って以来、お金とか、名声とかよりもはるかに素晴らしくて、日常では滅多に味わう事のないものが、そこにはあると気付いた。
芝居というものは嘘で出来ている。お客さんにとっては夢である。
しかし、【虚構の中に真実がある】。だから、お客さんは、日常生活では味わえない真実を目の当たりにする事で、゛全身゛で感動するのである。
それは俳優も同じ事で、舞台に上がっているとき、自分の役をしっかりと作り上げた状態で、全神経・全細胞を出来る限り開花させ、虚構の中で真実を紡いでいく。
精神的にも身体的にも、多大なエネルギーを使いつつも、楽しむ。
そして、夢を売る権利が与えられる。
なんでこんなこと書くのかというと、先日観劇に行って、ひどい芝居を観たからだ。
このブログを読んでいる方がどれほどいるか、またどんな人かは分からないが、真摯に自分の思った事を書かせてもらう。
どこかとは言わないが、都内の大きな劇場だ。そして、脚本は歴史上の人物を扱ったもので、関わる人物が主人公の女を軸に動き回る群像劇になっている。
(主人公の女はかの有名なモデル出身の方)
なお、芝居中に殺陣・ダンス・歌・お笑い的な要素が所々に散りばめられており、純粋な演劇というよりも、エンターテイメントというカテゴリに入ると思う。
ハッキリ言って、下らない。脚本も演出も、関わってる俳優達も。
何がしたいのか分からないものを観るのは本当に辛い。
所々、役者というよりも演出・脚本家のメッセージに近いセリフもあったが、それでも分からない。何故なら、役者が【自分の言葉になっていないのに、あたかも役として言っているようにセリフを吐いている】からである。
明らかに、役者同士の言葉のやり取りのほとんどが、ただの段取りでしかない。
途中で帰りたくなったのは否めない。
一体、どういう稽古をしていたのだろうかとはなはだ疑問に思う。
そんな事を思っている内に、無性に腹が立ってしまった。
そしてさらにそれに追い討ちをかけるような事態が。
カーテンコール。
およそ2時間半の舞台をやり切った!と言わんばかりの顔で出てくる役者達。そして、僕達の舞台を見に来てくれてありがとう!と頭を下げる。中には、髪の毛をいじるというエゴマッサージを何回もしながら、挨拶をしている救いようのない人もいた。
それが一回ではなく、三回も繰り返される。
が、重要なのはそこではない。客席の反応だ。
会場内に響き渡る拍手!三回目の挨拶にはスタンディングオベーションをしている人達までいる。
呆れてしまった。こんな舞台を良いものだと勘違いしている、もしくはそういうものだと信じているお客さんがいるなんて。
会場を後にしてみれば、ナーバスな気持ちにしかなれなかった。
これが、日本の演劇。商業演劇。
僕は、あれを芝居とは言わない。思えない。関わりたくない。
もっと水準の高い芝居を作りたい。観ている人たちに脚本の持っているメッセージを、今の自分を通して伝えられる芝居を。
本当に良いものを見たら、気付いてくれるお客さんだって、絶対にいるはずだ。
僕は、諦めない。自分の意志を信じて、貫いていく。
あの舞台を見て更に決心が深まった。
そういう意味で言えば、あの舞台を見た価値はあったのかもしれない。
憤りをそのまま文面にしたような駄文ですみません。でも、正直に書きました。
ぽーくびっしゅ(℃゜)ゞ


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