今日、5月24日をもって20代に別れを告げた。特別に感傷に浸っているわけではないものの、なんとなく感慨もある。ちなみに、5月24日という誕生日は記憶にあるところでは、ナポレオンと小沢一郎が同じだった。他意はない。
早いもので、会社を退職して2年以上が過ぎた。とうの昔から今の境遇を思い描き、ある意味そのとおりになりつつも、それなりに苦しみもあった2年間であった。 自分の本当の目的はなにか、なにをどうしたいのか、何が問題でどういけないのか、どうすれば問題は解決するのか、なぜ問題は解決していないのか。
今もその答えを探し続けてはいる。ただ、ようやくここに来て、道が見えてきた気がする昨今。自分がどこにいるのか、どっちに向かえばいいのか、考えれば考えるほど分からなくなっていたこの2年間を振り返ると、客観的な説明はできないが、前進を実感している。
single issueの政治家に存在意義はないとずっと考えてきた。single issueを追求するのならば、その専門家として特化できる職につくべきである。だから、よくある「政治家になって教育をたたきなおす」や「政治家になる目的は日本の外交を立て直すためです」といった主張には正直、嫌悪感を抱く。「政治家にならないとやっぱりダメなんです」と言ったところで、「じゃあ、それができればあとはどうでもいいわけ?」となる。
結局は、single issueを包括する社会・国・自治体・地域についての理想像、マクロビジョンを持ち、それを具体化することが政治家の職務である。single issueは、そのマクロビジョンを具現化する一つの手段でしかない。
関心が高い個別のissueは多くある。ここにしばしば記載している、災害なり、安全保障なり、外交なりもその一部だ。そうした問題を究極に突き詰めてきた過程で至った境地は、小さな事実の奥底に全体に通じる大きな本質が横たわっているということ。
行き着いた一つの本質は、我々個人と社会、国、政治、行政との乖離という実態であり、その背後に存在する我々自身の意識の問題と、それをよしとしてしまっているシステムであった。この距離を縮めていくために、あらゆる政策領域を通じた個への働きかけとそれを是とする制度が必要であり、また無制限に外部化を継続してきた統治システムそのものの転換が必須である。
30になったからといって、何かが変わるわけではない。ただ、こうした節目に、もしかすると自分でしか実感しえないのかもしれないものの、現在の到達点を確認しておきたい。
一人の人間がそんなに大きなことをできるとは思わない。しかし、例えばそれは災害の現場で、みんながなんとなく思っていることも、一人の言いだしっぺがいなければ行動に移っていかないように、この指止まれと自信を持ちつつ勇気を携えて立てる人間になることができればいいと思う。
さて、10年後、私はどこで何をしているか…。