一言で言えば「その時にならなければ分からない」である。発生した災害の種類(地震、水害、風害、原子力、テロ…)、発生後のタイミング(直後、数日後、数週間後…)。それぞれの条件によって、災害ボランティアが機能する領域は全く異なる。
今、私の手元には、小田原市の「地域防災計画(地震編)」がある。都道府県、市町村の全てが作成する地域防災計画において、ボランティアを規定していないものがまだ存在するなか、小田原市のそれにはボランティアについての記述がある。
曰く、「民間ボランティアは、責任者の指示の下、自主防災組織に協力して避難所運営に当たる…」。端的に表現すれば、災害時のボランティアの役割は、避難所運営の補助ということになる。
各地の災害ボランティアの動きを見、そうした情報に触れ続けている私の感覚からすれば、大いなるquestionである。なぜ、避難所運営に限定できるのだろうか。
避難所運営が人員的にも災害ボランティアが機能するメイン部門であることは間違いない。しかし、それでは、中越地震で現地活動した災害ボランティアが、はたして避難所運営のみに携わっていただろうか。
援助物資管理や搬送を広い意味での避難所運営と考えたとしても、被災者家屋や被災地域道路の片付け、手の届かなくなったいわゆる災害弱者への対応などは、災害ボランティアが大きく機能した分野であった。
一般の人間からすれば、地域防災計画にボランティアの役割がどう書いてあろうとほとんど関係がない。しかし、法や行政計画の範囲で業務を遂行する行政職にとって、こうした文書にどう書いてあるかは、それぞれの動き方を根本的に方向付ける(時には制約する)大きな意味を持つ。
事実、小田原市における災害ボランティア観には、こうした実態面における乖離をしばしば感じる。恐らくこのままでは、少なくとも発災から3日前後の段階で、市内と全国から集まる災害ボランティアと市の間になんらかの軋轢が生じるだろう。それは、市が考えていたボランティアの役割と市民に生じるボランティアニーズとの乖離に起因してくる。
問題の一因は、やはり地域防災計画にある。単なる文書であるが、その文書を実効的に改変できるかどうかは、行政当局のみならず、議会の責任であろう。漏れなく調査したわけではないが、少なくとも今のところは、その点に関する議論は見られない。
災害対応がボランティアのみによって貫徹されるわけではない。災害というとボランティアという、ある種の至上論は誤りである。実際には、国・県・市という行政と、地域に暮らす人々、そこに根をはる企業など様々な主体があるなかに、ボランティアという一主体が存在するに過ぎない。
そうした意味からすれば、公共施設の耐震性も、通信網の整備も間違いなく重要ではある。そうした論点に加えて、ボランティアの機能についても、是非全国に先駆けて明確に位置づけてもらいたいものである。