今日は、私が関わっている災害ボランティア団体の年次総会。予算は少々だし、活動人数はそれほど多くないから、活動報告・計画もまあシャンシャンで済む。今日のメインは、むしろ総会後の講演&ディスカッションであった。
「市当局との関係が薄いこと」、これが最大の課題であった。団体活動の怠慢の結果ではなく、これまで数年間にわたって接触してきた結果、未だ認識がすり合わない結果、「関係の薄さ」に至っている。
双方に様々な見解があろうが、すり合っていないポイントは、「そもそもボランティアとは何か」、「災害時のボランティアの機能・可能性とは」に関してである。ボランティアとは行政の管理下で差配するほうがいいのか否か、災害時のボランティアは差し引き有益なのか否か…。厳密な表現をしようとすれば、長文になってしまうため、乱暴な問題設定としたが、まあそんなところである。
今日の講演&ディスカッションは、市防災当局との共通認識醸成が一つの大きな目的であった。少なくとも私はそう期待していた。しかし、結果としては、「違い」の再認識で終わってしまったように思う。非常に残念。
時間はまだまだかかるだろう。もしかすると、「いざ」には間に合わないのかもしれないとすら思う。そうだとしても、少なくとも我々の側からの投げかけ、問題提起は続けなくてはならない。
発災。「そら言わんこっちゃない」。「俺たちが言ったとおりだろ」。そうやって勝ち誇ることは簡単である。しかし、それは、責任を行政にブン投げていることに変わりはない。
今、分かってもらえなくとも、時間をかければ、少なくとも「いざ」というときに実際に直面すれば、理解せざるを得ない。その時に、自発的に動ける我々自身であること。その準備を粛々と進めていくこと、その姿を見せ続けることが、行政当局の認識変化と、その先にある我々自身の命と生活を守ることに着実に結びついていく。
現代日本社会における多くの課題に共通する今後の方向性でもあるが、「行政依存する市民」の先に、成熟した社会、「まち」は成立し得ない。同時に行政敵視も全く意味を持たないことは、改めて言うまでもない。