各地で災害対策への関心が高まっているようだ。
横浜でも行政への要望として災害対策が昨年の5位から2位に上がったという記事もあるし、
小田原では防災行政への満足度が低下したことも報じられていた。
先日の小田原ついでに、10日ほど前、県西部地域での地震発生リスクが依然高いことを強調するセミナーに出席してきた。
県立の温泉地学研究所が主催したものであり、「地面の下」の科学的な観点からのセミナー。日頃、「地面の上」の災害に焦点を当てている私としては、それなりに収穫もあり。
平日の昼間で、かつたいした広報はなかったように思うが、それでも200名ほどの入り。特にこの地ではかもしれないが、改めて関心の高さを感じた。災害を一つのテーマとして活動している私としては、非常にありがたく、心強い。
そんな関心の高まりを受けてか、国、各自治体の論題として災害が議会等で取り上げられることも多いようだ。ただ、よくよく会議録などを読み込んでみると、極めてお粗末な議員質問が多々ある。
「公共施設の耐震化は進んでいるのか?」などは、その極めつけだろう。いや、それはそれで重要な課題だ。避難所確保なり、被災下での行政運営の基礎的条件を整備するのだから。ただ、そればっかりというのがなんとも情けない。
最大の眼目は、災害時の行政に「限界」があることをオープンにしたうえで、そこに暮らす市民・住民の力をいかに結集できるか、そのための準備としくみを今どうするべきか、という点にあるべきだ。そうした立場に立って、施策を進めている自治体は少なからずある。最近、私が議論した都内自治体の防災行政を担っている方も、その認識を住民と共有し、その観点に立った新たな仕組みづくりを必死に考え、実践していた。
行政の「限界」認識。その原則を自治体が持てるかどうかは、本番の被害の大小、生死を分かつ分岐点だ。残念ながら、口先にとどまり、本気で「限界」を前提として施策展開しようとはしていない自治体は多くある。施策の根底に潜む「原則」は、HPを見た程度ではなかなか判明しない。しかし、そこに暮らす人、地元の人は、おそらく直感的に経験的に感じることができると思う。
それを指摘できない議員が、とってつけのスタンドプレー質問をその時だけやる傾向はなんとも残念だが、なんとかそうした現状を変えていけたらと考え、日々行動している。災害の時だけじゃない、実は、これからの社会のあり方を示すエッセンスが、このテーマの根底に流れている。
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