今日は、地元の異業種交流会にて、川越へ。蔵作りの町並みが知られている街である。朝9時にバスで出発し、お知り合いのおじ様おば様とご一緒させてもらいつつ、団子食べ、蕎麦食い、菓子買いながら街をぶらついた。
定番の電柱地中化はもちろん、銀行の看板が建物の影に隠してあったり、残っている電柱が建物の色と馴染むように塗られていたり、歩道が整備されてあったりと様々な工夫がなされ、その上に100年モノの蔵と鬼瓦が並ぶゆったりとした街だ。以前に
「小布施論」を書いたことがある。論なんて言うとちょっと恥じ入るところもあるが、小布施も伊勢も馬込宿もこんな風だよなぁ。
いい素材を活かせているのだと思う。ちょっと言いすぎかもしれないが、こういう素材は極端に珍しいものではない。自分の生活圏を考えても、「こんなのはあそこにもありますよねぇ」「あれなんか、こういう風に見せればいい感じになるんじゃないですか」、「うんうん」。話しながら街を歩いているとこんな会話になる。だとすれば、課題は「いかに素材を活かせるか」というところにあるに違いない。
町おこしなり街づくりなりでしばしば聞くのは、「議論が収束せず、意思がバラバラ」、「権利関係がどうにもならない」、そして「リーダーがいない」などだ。リーダーがいれば済むわけではないにしても、素材を活かし切ろうとする何らかの結集が必要なのだ。小布施にしても伊勢にしても、そこで全国区の知名度を持つ企業(小布施堂と赤福)が一つの核になったわけで、そういった条件があると有利な側面もあるのだろうと思う。
素材は一杯ある。どこにでもある。問題は…。そのことに改めて気付きつつの、楽しいひと時だった。お誘いいただいた方やお世話になった方はじめ、みなさんに大いに感謝の一日であった。
⇒人気blogランキングへGO!