衆院補選が終わった。最初に事務所へ顔出ししたのがお盆前だったから、かれこれ2か月半をこの補選のみで過ごしたことになる。連日35℃オーバーのなか、朝から晩まで支援者回りをしていた頃が既に懐かしく、いつしか半袖Tシャツの私が奇異に映る季節となっていた。
思うことは色々あるのだが、それは少しずつにしようと思う。まあ、全部が全部書けるわけではないし、新聞に書かれているようなことを表層的になぞることの意味は薄い。この2か月に体で、皮膚で感じた事柄を、少なくとも自らの血と肉にしたいものだ。
一つ挙げれば、今回の補選、候補者の後藤さんはじめスタッフ一同、全力を尽くしたと言って良いと思う。もちろん、あれもこれもとやり残したことを挙げることはできるが、それは世の常。全開の努力をしたことは間違いない。
ただし、一方、努力が必ずしも報われないのも世の常。更に言えば、報われる努力とは、その努力があるべき努力であることが必要条件となる。全てがそうではないが、力の向け方、努力の方向に工夫の余地があったことは現実だろう。特定の誰がというより、組織・政党としての問題。
これまでも度々書いてきたとおり、全否定や全肯定という分かりやすさに私は同意できない。現実社会、そんなにスッパリと割り切れるものでないと信じている。その意味で、今回の補選に臨む組織としてのスタンスはどうだったのか。連日、その訴えを耳にしつつ感じていた若干の違和感を私は拭い去れない。
敵が言うことだから、敵がやることだからと正反対のスタンスを取り続けることは、簡単ではあるが見透かされる。戦術上の差別化は不可欠ではあるが、それはあくまでもテクニック。当方を見ても、そして相手側を見ても、理念と政策を有権者に訴えるという選挙の基本に改めて立ち返るべきと振り返っている。明確化すべき対立軸は、内政における統治構造理念に違いないというのが私の確信。小手先の社会保険庁改革や格差批判一辺倒ではない。
それにしても、いやぁ、くたびれたなぁ…。ちょっとクールダウンしよ。
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