この上なく逆説的なのだが、選挙の時ほど世間の状況に疎くなるときはない。本来なら、あらゆる「現状」を踏まえつつの「主張」にならなければならないのだが、体力と時間の都合が優先されてどうしてもメディアから遠のいてしまう。
で、ためこんだ新聞などを持参し、その他の用事も済ませつつ、ついでに季節の移り変わりも追跡してもみじ狩りに。そうそう、「もみじ狩り」を昔、いけないことだと思ってた。だって、みかん狩りに潮干狩りにと考えていくと、もみじ狩りって、もみじを木からもぎ取ることでしょ、って…。
選挙期間中にあった北朝鮮の核実験。数日前の勉強会でも話題となり、次回にて突っ込む予定となったが、新聞紙上にも当然その話題が多い。日本核武装論についても、どうのこうのと色々話題となっているが、議論することの是非についての「議論」だけは参る。
「議論」の必要性を説く人物の日本核武装論についての見識如何はどうも眉唾ではあるが、だからと言って、「議論すること」の是非を論じても無意味。打撃を与える通常兵器と死滅させる核兵器という本質的な差異、冷戦期を彩ったMAD(Mutual Assured Destruction)などの理論的側面、NPT体制の効用と矛盾、核武装と国益との関係性、そもそも何が国益なのか…。大いに「議論」の対象だ。
政局的見地の一切を排除して「議論」したら…。長期的な日本の国益にも繋がるだろうし、私の立場からする政局的効用も間違いなく生み出せると考えている。まあ、私の結論は、日本核武装費用対効果に見合わずだが。防衛省昇格論議もつまらない対立軸にならなそうで、多少ホッとしている。
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