このところ、家々・事務所・街角などで、かなり多くの方々と連日いろんな日常会話をする機会があって、「体験の有無による印象の違い」を実感することがありました。
「体験の有無による印象の違い」は、例の「機械」発言への男女の反応について。やっぱり女性は強烈に批判的。茶飲み話の最中にも、「ちょっとさぁ、機械ってのはどういうことよ〜」、ことある毎に話題にあがります。老若問わずですが、男女では批判の強弱が異なるように感じます。出産を自らの経験とし得ない男性の限界かもしれません。
第二子誕生を目前にしている私は、出産を擬似的にせよ、自らのことと感じやすいはずですが、子どもが体の内側から押してくる感覚や、それによって気分がすぐれない感覚、通り一遍等に言えば「お産の大変さ」は、なかなか分かりにくいものです。
特に出産に関して、オトコは結局分からないから、と開き直ってしまっていいものか…。やっぱり、できるだけ理解しようとする態度が、理解しようとした経験が不可欠なのだと思います。分からないのは真実であるにしても、開き直ったら結局分からず終い。努力によって、理解に近づくことはできるように思います。
少なくとも、理解しようとしている(つもりの)今の私から、「機械」という言葉は、やっぱり出てきません。経験・体験は大切だなと思います。まあ、前後の脈絡を抜いて単語だけ拾ってどうこう言うのはあまり好きでないので、発言そのものの評論はしません。
そんな意味もあり、第一子に引き続き、第二子も分娩台まで付き添う予定にしています。が、生まれません、予定日過ぎたのに…。スタンバイモードはいつまで続ければいいのか…。男か女かを教えてくれない病院なので、名前も考えられないし…。わが子よ、はやく出ておいでなさい。父ちゃん母ちゃんはキミを待っているのだ。
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