自分が関わる関わらないに限らず、そろそろ色んな立候補予定者の広報物を眼にするようになりました。人にもよりけりですが、肉声もチラホラと。そうしたモノや声を、できるだけ色眼鏡を通さずに受け止めようとしていると、同意できるかは別として、「おっ」と思える場合と、「んー」と思う場合とに別れます。
見ていて(聞いていて)、その人が言っている現場が眼に見えるかどうかが、その分かれ目だと思います。その人の立ち位置、視点、私の言葉で言えば「魂」が言葉に表れます。知識の量ではありません。取ってつけた抽象論ばかりを繰り返されても、心に全然響いてきません。一方、その場が目に浮かぶような内容(話)の時、内容的には同意できなくても、記憶に強く残ります。
政経塾でお互いに言い続けたこと、言われ続けたことは、「現場を知れ」でした。世の中の全ての現象・現場を知ることなど到底不可能なわけですが、その意味することは、物事の本質、実態を凝視する態度を養え、ということだったと理解しています。
しばしば感じていることではありますが、この時期、「現場」の大事さを改めて痛感する日々です。その目を、切磋琢磨して養ってきた全国の仲間も、今、各地で奮闘中。私も、今ある場で、地道に誠実な一歩一歩を。眠気と興奮、怒りと喜び、充実感と虚無感がごった煮になったような当面の日々になりそうです(笑)
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