産業としての農業を改めて考えてみたいと思います。古くは公定価格から始まり、各種補助金、所得保障、昨今では大規模化誘導の観点を強めた直接支払制。とかく、農業は経済原理の枠外から考えられがちです。
人間、食わなければ生きていかれないわけで、経済の論理だけから農業を捉えるべきでないことは言うまでもないわけですが、「そうは言っても…」と様々な疑問も呈されてきました。FTAをめぐって、自由貿易推進と食料自給率(食料安全保障)が対立する議論などは、その典型でしょう。
もう3年ほど前になりますが、稲作農家で体験させてもらいながら、様々な話を聞いたことを思い出します。結局のところ、「コメが安過ぎて商売にならん」ということでした。
この、「安過ぎて」が続かないのでは?と思います。爆食と表現される中国の存在、気候変動に起因する食糧生産危機、バイオエタノール等の需要増大による穀物価格の上昇…。トウモロコシ、魚介類、生鮮野菜、いずれも国際価格は上昇トレンドです。
こと食に関する限り、「値上がり」を素直に歓迎はできないのですが、低価格問題に頭を悩ませる日本の農業、それによる耕作放棄地の増大等々の解決には大きな光明に思えます。安価な輸入農作物との競争力という観点からすれば、国際価格上昇は、彼我の差を縮めることになります。そして、そのことが、潜在的な耕作放棄を回避し、新規参入者を増やし、農業の副次的効果である、国土保全にも繋がっていきます。
もちろん、そんなに単純な話でないことは理解しています。穀物メジャーと呼ばれる国際企業と「一農家」が張り合うのは現実的ではないですし、国際価格上昇と言っても現在の内外価格差からすればまだ「ちょっと縮まったかな?」程度なもの。なにせ、今の日本は700%を超える関税をかけて、コメの輸入を阻止している状態なわけです。
ただ、あらゆる産業においてそうであり、かつ農業においてさらにそうであることは、方向転換には時間がかかるということ。それゆえ、こうした「流れ」の変化を機敏に捉えつつ、先取り、先取りで未来を形作っていく戦略性が大切だと思います。
ひょっとしたら、10年後の日本では…。
「食いもん、ちょっと高くなったなぁ」と言われながら、耕作放棄された田んぼや畑に新規参入企業が稲や作物を育て、おかげで土壌流出が食い止められて林野庁予算が安上がりになり、バイオエタノールが高騰したガソリンより安く提供され、エネルギー自給率も改善し、それにより中東の戦略的重要性が変わり外交戦略も変わっていき、生まれ変わった産業としての農業を目指して都市から周辺部へと人口の流れが逆転し、ようやく制度化が始まった地域主権体制の日本が低コスト・高効率の新しい姿へ…、ということがあるかもしれません。
相応の実現可能性のある夢を描き、その具現化のためも方向性を示す。こんなことも政治の大きな役割だと思っています。
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