ある選挙対策を議論する場に同席する機会を得た。選挙に出ようとするかたとそれを支えようとする方々、私は外部の人間としてである。
過去のいきさつから、今なにが問題で、こんな感じでどうだろう、心意気を全面に出して、主婦いや中高年をターゲットに…。時間の経つのも忘れ、議論は果てしなく続く。それはそれで(関心のある人間にとっては)有意義で楽しい。
しかし、話を聞きながら、私はお好み焼きの具になったような気分でもいた。議論が交錯し、交通整理がままならないのである。選挙を考えるにあたっての要素は満たされていた。問題は、その交錯である。何が交錯していたか。
理念、政策、戦略、この3つである。抽象性を持つビジョンとしてどうすべき・どうあるべきなのか(理念)、理念の骨格として具体的に何をどう変えどう実現すべきなのか(政策)、理念と政策をいかなる手段によって有権者に知ってもらい共感をえるのか(戦略)。この3要素が存在はしていたものの、ごちゃ混ぜになったため、必要以上の混乱をもたらしたように感じたのである。
一有権者としての場合、その戦略にはなかなか触れることができないが、理念と政策は認識することができる。候補者としての人間を観ることは当然大切だが、BBも発達したこの時代だからこそ、その理念と政策をできるだけ厳密に吟味したいと思う。もっとも、理念なし、政策なし、あってもそれにアクセスしてもらう手段(リーフレット、HP等)なしであれば、そんな候補が吟味に値しないことは言うまでもない。