盧武鉉政権になって以降ずっとだが、韓国の外交スタンスが気になり続けている。あらかじめ断っておくが、ここ最近の竹島問題はここではケアしていない。それよりももっと大きな、いわば韓国の外交観、将来像が気になっている。
こんな記事がある。
NSC「冷戦時代の陣営外交から抜け出す」(朝鮮日報_3/30)
冷戦時代の陣営外交から抜け出す、というコンセプトそのものは理解できる。この点、韓国は日本と類似しており、米中両大国のはざまでアメリカと軍事同盟を保ちつつ、いかに独自性を発揮するかというジレンマを抱え続けている。「自主」「独自」という用語が頻繁に用いられるセンチメントは日本にあるそれと大きくは変わらないだろう。
「中日の覇権競争が北東アジア地域の最大の不安要素であり、米日同盟側が中国と対立する状況を避けなければならない」、私が気になっている点はここである。韓国が持つ大局観は、未だ日中のはざまに位置する韓国という図式なのだろうか。
確かに、そうした側面がないとは言えない。しかし、より冷徹に現実を見つめたとき、果たして日本が本当に中国と覇権競争をするだろうか、できるだろうか。私は自国を過小にも過大にも評価していないが、日中の覇権競争はあったとしても全体の一部に過ぎず、全体は米中の競争であろうと考えている。必ずしも、伝統的な覇権競争になるとも思えないが、今後半世紀ほどの大局の底流はまさしくそこにあるだろう。
そこに独立変数でなく、(くやしいが)従属変数として日本が大きく作用することは疑いない。しかし、仮に憲法改正が実現したとしても、核を自前で保持し、対外的パワープロジェクション能力を劇的に向上させることは現実的に想定しづらい。
韓国が実情以上に日本を過大視し、日中の「バランサー」として作用しようとすると、それは大局の米中均衡関係に大きく作用する。それを自覚的に行っているのだとすれば、それは韓国の選択であるが、どうもそうは思えない。日本についても同じことは言えるが、感情・感覚・情緒に流されず、冷徹に現実を見つめた落ち着きのある半島外交を求めたい。