日頃、色々な方と話をしていて、「どんなことやってるんですか?」と聞かれることが多い。いろんなことをやっているのが実状ではあるが、多くの場合、「災害対策」です、と答えることにしている。
ただ、災害対策と言うと怪訝な顔をされることもしばしば。ピンと来ていないことは顔を見ればすぐ分かる。で、「まあ、防災って感じですかね」と言うと、な〜んだとなりやすい。
それだけ、防災という言葉が一般に認知され、その言葉からイメージしやすいということか。ただ、私は、その「イメージ」と区別したいがために、あえて防災を使わず、災害対策という言葉を使っている。
「防」災?、災害を防ぐ?そんなことは基本的には無理なのだ。もっとも、人為ミスによる災害はその発生を極力抑えることは可能だろうし、そうすべきである。ただ、地震等の自然災害、もっと言えば、テロという人為災害にしても、基本的には防ぐというよりは、起こることを前提として、「どう対応すべきか」が問題の核心となる。
もちろん、日常用語としての「防災」は起こることを前提とした対策が考えられてはいる。しかし、例えば防災訓練。形骸化した意味の薄いかったるいイメージを持っていないだろうか?私が「防災」という言葉を使わないのは、こうした既存のイメージから離れたいがためでなのだ。
もっと言えば、既存の「防災」コンセプトそのものを転換したいがために、その言葉を使わない。既存の「防災」は行政主導型。しかし、周知のように、災害時に行政は暫時機能停止する。72時間なら、その間、そこに居合わせたヒト、そこに住んでいたヒトで何とかする以外に方法はない。
都道府県や市町村の「防災」計画は、地域防災計画という文書でそれぞれまとめられている。数百ページあるその文書を読んでいくと、そこには延々と庁舎内の方針が述べられる。が、ヒトがそこにいない。住民がいる雰囲気がそこには感じられない。行政主導の際たるものである。
だからと言って、何でもかんでも、ボランティアや自治会でOKとは思っていない。時間経過に従った役割分担が不可欠で、全面的な行政主導を改めるべしと考えるのである。基本は、現場主導である。「現場」で最も力を発揮するポテンシャルを持つ主体は、時間の経過、応急対処から復旧へというフェイズの遷移のなかで、個人・住民・市民・ボランティア等から徐々に行政へと変わっていく。その経過のなかで、それぞれが役割分担をしていくことが決定的に重要なのだ。
行政主導から現場主導へ。これが、「防災」から「災害対策」へという私のコンセプトであり、ボランティア組織等に関わる活動はそのコンセプトを実効化する基礎作りなのである。