夕陽と公園

2017/9/21 | 投稿者: mayfirst

 最近、本格的な遠出をしていないmayfirstですこんばんは。体力的にキツくなってきたのかもしれない。

 秋田市から由利本荘市に向かう途中にある「夕陽の見える日露友好公園」

 1932年(昭和7年)12月1日。現在の由利本荘市親川深沢の海岸にロシアの漁船が漂着。深沢の住民は半鐘を鳴らして海岸に集合し、乗組員の救助にあたりました。
 ロシア漁船に乗っていたのはイワン船長ら漁師4名で、そのうち最年少のニコライはすでに死亡。救出された3人は住人たちにより食事や水、煙草などが与えられました。元気を取り戻したイワンら3人は救助してくれた深沢の住民たちに感謝しつつ、福井の敦賀経由でロシアに帰国。またニコライの遺体は棺に入れられて地元の墓地にねんごろに弔われたのでした。それから60年ののち、遭難したロシア人漁師を救助するために奔走した深沢住民の業績を縁とし、日露友好を祈念してニコライの慰霊碑が建てられたのが、この夕陽の見える日露友好公園です。

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 露国遭難漁民慰霊碑。

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「空ひとつ 海ひとつ」歌碑。

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 ニコライ少年の墓碑。

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 半鐘。

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 公園から見下ろす深沢海岸。




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