昨日のエントリにいただいたコメントや
ブクマを読んで考えたことを新しくエントリを起こして追記します。
まず、昨日の面接で身上書に記入する形で血液型を聞かれましたが、現在のところ、それに基づいて不採用になったり、配置を決められたりはしていません。業種は、書いてしまうと家庭教師ですので血液型を聞いておくことが労災のためとはほぼ考えられないと思います。以上が事実に関する追記です。
次にsteam_heartさんにいただいたブクマについて思うところを書きます。
「んー、まだ「血液型聞かれた」だけなので、差別の実態が無いのに差別とは言えない。それはプライバシーの話。 」(steam_heartさんのブクマ)
おっしゃるような「差別の実態」、この場合であれば血液型によって採用や昇進や配置を決められるというようなことがあって初めて差別であるとするなら、確かにこの場合は該当しないといえるでしょう。差別があったかなかったかをめぐって裁判で争うようなケースであれば、ご指摘のとおりかもしれません。
私がここで「差別」と呼んでもよいと考えるほどに問題視しているのは、以下のような点についてです。
steam_heartさんも「それはプライバシーの話」とおっしゃっているように、まず採用される人の、直接採用とは関係のないプライバシーがリストアップされるということ。たとえば
これがもし、宗教だとか、支持政党だとか、親の職業だとか病歴だとしたらまず聞かれただけで、実際には差別の実態はなかったとしても問題になるのではないか。
それはまず第一に「プライバシーの侵害」として問題になるのであって差別としてではないだろうというのがsteam_heartさんのご指摘かと思いますが、プライバシーの侵害であると同時に「容易に差別につながりうるものをリストアップしておく行為」自体が問題をはらんでいるのではないかと考えます。
たとえば、家庭教師について具体的に考えると「うちの子O型なんでB型の先生は合わないと思うんですよね。A型の先生にお願いできますか?」なんて要望してくる親がいたときどうするか。あらかじめ血液型がリストアップしてあれば、さっそくご要望どおりのA型の教師を探すのではないか。杞憂であればいいけれど、リストアップしている時点でそういうことをやりかねませんよと言っていると受け取られても仕方ないのではないか。
ということで、確かに今の時点で「差別の実態」といえるものはない、しかしいつでも差別につながりうる準備をしているのであるから、私としては既に差別と呼んでも然るべきではないかと考えています。
次にMeat_eating_orchidさんにいただいたブクマについて
「「なぜ血液型が必要なんですか?」って訊くのも負担なら単に「わかりません」でいいんじゃないでしょうか」(Meat_eating_orchidさんのブクマ)
この辺が自分のヘタレさにがっくりきたところで、確かにせめて「なぜ血液型が必要なんですか?」ぐらいは聞くべきだったと思っています。実のところ、それほど負担だというわけでもないと思うのですが。と今となっては思うのですけども。
とりあえず、ヘタレな事なかれ主義に逃げてしまったことを悔やみつつ、負け惜しみ的に問題提起することでもまあせんよりはまし。。。
ですよね