16時7分、県境松尾峠まで1.7kmの地点を通過し、
非舗装路の山道に突入した私。
16時25分には松尾峠まで0.9kmの地点にベンチが
あったため少し休憩しました。看板によると、その
地点は「観自在寺」から15.3kmと書いてありました。
朝、出発した公園からの分の距離を足しても、
この日の歩行距離は20km未満ということが判明(^^;)
なんつーか、休憩が多すぎましたな(てへっ)。
16時35分前には、ベンチから腰をあげ出発。
そうこうしてると、徐々に山の木々の間から高知
県の景色が見えるようになってきました。
長いようで短かった愛媛県の旅の終わりを実感し
少ししんみり(^^)。その時の感情を私は行動記録に
このように書いてました。
「愛媛とも、もうすぐお別れだ…。あっという間
だったな。疲れはしたけど、良いことばかりだった
気がする…」
…と。
ホント、そんな感じですよ(^^)
香川県はまだ旅がはじまったばかりで、ただただ歩く
ことに必死で周りが良く見えてなかったように思います。
愛媛県に入ると体も慣れてきて、旅を楽しむ余裕が出
てきたんでしょうね…。たくさんの素敵な人達との出会い
があり、素敵な思い出いっぱいの旅でした。
そうして16時50分…ついに
県境、松尾峠に到着!\(^o^)/
松尾峠とはこういう所であります↓
手前は高知県、奥は愛媛県になります。
これにて、
愛媛県の旅 完
…とは、行かないのです(^^;)
というのも、この日のビバーク地についてです。
時間的に言えば、日が完全に落ちる前に(もしくはその
前後)山を下ることは可能だと思ったんですよ。
しかーし!そこから寝床を探すのが一苦労なのです
(−−;)
かくなる上は、まだ17時前でしたが「この松尾峠で
ビバークするのが一番良いのではないか?」という結論
に達しました。
一応、あずま屋はあるし「松尾大師」という名のついた
お堂もあるし、トイレもあるから泊まろうと思えば
泊まれるのです。
ただまぁ、松尾大師のお堂の方は、寝泊りOKらしい
ですが、中にある大師像がムッチャ気味悪い顔してるし、
お堂の表の扉をあけると二重扉になっていて、2枚目の
扉には「お経を唱えて下さい」みたいな張り紙があり、
ぞっとしたので、ここでのビバークはやめ、あずま屋に
テントを張ることにしました。
しかし…、このシチュエーション…、あの恐怖の思い出
が脳裏に蘇ります。
それは香川県71番札所弥谷寺近くの山中の遍路道から、
脇の藪へそれて、小さいスペースに無理やりテントを張った
夜のこと…。
お遍路さんが地面を突く金剛杖の音がずーっと一晩中、
遍路道の方から聞こえていたというあの体験です。
正直、この経験以後、山中の遍路道のそばで寝ることに
恐怖を覚えるようになってしまった私(トラウマですな)。
いや、その後、雲辺寺山(第66番)山中でも同じように遍路
道脇のスペースで強引にビバークし、「リベンジ達成した
ぜ」と思ってたんですが、やはり完全にはあの恐怖を払拭で
きてはいなかったのです。雲辺寺山は霊山で空気も凛として
ましたしね。
つまり「今夜こそ、あの弥谷寺の夜のリベンジになる」と
自分自身確信しておりました。
正直「俺版の十夜ヶ橋(※)になりそう」とも思いました。
※)弘法大師が橋の下で寝ていると、橋の上を歩く人々の杖
の音がうるさく、また寒くて腹が減って、「一夜がまるで
十夜のような長さに感じた」という逸話のこと
愛媛県最後の夜。りくはこの霊的な恐怖に打ち勝ち、見事、
トラウマを粉砕出来るのでしょうか!?
つづく
なお余談ですが、ホーボージュン著の「四国お遍路
バックパッキング」によると、この松尾峠には「水場が
ある」との記載がありますが、水場はありませんので。
私は常時3Lの水は持ってたので、たいしたことは
ありませんでしたが、一応。
「ここが水場だったんだろうな」…という跡はありました
けどね。

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