私が二十歳のとき  

高校に入学すると父は、自家用車で校舎まで送ってくれた。少しすると社員に運転を任せ、見送るようになった。さすがに恥ずかしくなって、電車を利用する。当時旭高校は、ほとんど進学する生徒ばかりであった。

勤めだしたのが、乾物の卸会社。営業の下働きにあてがうつもりだったのか。同じ時期に入社したのは、地方から来た高校生。彼は第五福竜丸のことを、篤く話していた。

休憩を与えず奴隷のように指図する、経営者に嫌気がさしてきた。ちょうど物流の世界にスーパーの波が押し寄せてきた。和泉雅子&山内賢「二人の銀座」。

両親から大事に育てられていながら、進学を考えずに卒業ができた、なぜなのか。どうして親を説得し、外に出ることができたのか。親が納得したのは、経済的に家が傾いているのがそうさせたのだろう。

働いてお金を得ること、それが生きていることの証だと思っていた。働ける能力を備えているかどうか、乾物屋の経験だけで自信は生み出せなかった。職安で見つけたのが、紙の卸商。紙は、文化のバロメーターというのが、社長の口癖だった。印刷紙等の貯蔵・断裁・運搬をする、倉庫係だった。

細かいことは先輩から教わり、断裁まで関わろうとしていた。この仕事をして自分は社会で役に立ち、働いていけると実感する。その勤め場所でケガをする。紙を運搬する通用口として床をくりぬいた処から、一階まで落ちてしまった。コンクリートの床には、台車が置いてあった。落ちて死亡という、結末になってもおかしくない労働環境だった。

足の小指の骨折だけですんだ、奇跡だと思

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Mom  

あたしと違ってあたしの母は若い頃
とにかくモテてモテて男性はよりどりみどりで。

でもそんな彼女にも
人生でたった一度きりの失恋があり
それがまた
「史上稀に見るブサイク」(母の親友談)だったと言いますから
ほんと人生はドラマよりもドラマティックです。


そして
人生初の失恋に打ちのめされた母は
単身香港へ渡り
当時大流行していた”Killing Me Softly”をエンドレスリピートで聴き浸る
『ホテルから一歩も出ないライフ』を送っていたんだそうで。


しかしあるとき
香港で英語を教える日本人女性と出会い
これを機に
英語でも習ってみようかと思い立った母。

そのままその女性に頼み込んで先生になってもらい
彼女の香港人の旦那さんとも交流が生まれ
さらに
その旦那さんのお姉さんとまで仲良くなり。


数ヵ月の香港生活は
母に失恋を乗り越える力だけでなく
英会話の基礎力と
香港人の友だちを何人も与えてくれましたとさ。





それから三十余年。


「今度アグネスが日本に来るのよ。
 ぜひあなたの家族にも会いたいって言ってるから
 みんなで東京観光に付き合ってくれない?」


というわけで先週の土曜日
母の古い友人と一緒に東京を巡ってまいりました。



浜松町の日の出桟橋からフェリーに乗って
浅草で降りて浅草寺を見せて
最後は赤坂の街をぶらっと歩いてドンキホーテで
アグネスの息子さんが大好きだという
うまい棒のコンポタージュ味を束で買って。


「英語なんてもう全然話せない」
と言っていた母はびっくりするほど流暢で。

とっくに還暦を迎えた二人が並んで歩く姿は
まるで女学生のように楽しげで。


香港への会社設立で一度相談したら凄く親切に対応してくれて今でも関係は繋がっています!公式サイトはこちらのURLまで>>>http://www.walrusphp.com/


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食品サンプルで豪華な食卓?  

さっき思いついたんですけど、ダイエットしてたり食費を抑えてたりしていると、
どうしても食卓が寂しくなりますよね?

そこで、レストランのショーケースにある食品サンプルをたくさん
購入(浅草のかっぱ橋通りで)して、本物の食事と一緒にテーブルに
並べるわけです。

すると、見ているだけでお腹がいっぱいになるような効果を
得られるのではないかと考えたわけです♪


テレビ番組の「矛盾」でも本物特別のつかないようなサンプルを
見かけますし、意外と脳に錯覚を与えられるかもしれません。

僕は痩せているので当分やる必要はないですけど、
生活が厳しくなってきたら考えてみようかと思います。
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