「水野和夫著:金融大崩壊 「アメリカ金融帝国」の終焉」
本の感想
第1章 アメリカ発世界金融危機/第2章 危機の震源、サブプライムローン問題とは何か/第3章 「アメリカ金融帝国」はなぜ生まれたのか/第4章 世界は不況からいつ脱出できるのか/第5章 「アメリカ金融帝国」終焉後の世界/第6章 日本経済の生き残る道はどこか
ん〜、なんとも言えない本だ。資本主義の振る舞いについて、16世紀来の巨視的観点と、アメリカ金融帝国(筆者曰く)が形成された95年以降の比較的最近の観点、サブプライムローン問題以降の直近の観点と、三つの観点で描写されている。それが結構入り乱れて描かれているので、読んでいるとかなり圧倒されるというか、よく考えると(私が)根拠がよく理解できていない事柄でも、「うーむ、そうなのかも」と雰囲気で説得されてしまいそうになる本だ。
まず、巨視的観点から。最近まで資本主義では「国民」「資本」「国家」が利益を共有していたと強調されているが、果たしてそうなのだろうか。そんなことはない、という発想が社会主義の大前提で、実際地球の半分は社会主義国だったわけで。国家・資本の繁栄が国民の繁栄でもある「大きな物語(筆者曰く)」の終焉に、さりげなくソ連崩壊も含めて話を進めているが、ちょっとご都合主義ではないでしょうか。社会主義まで含めて考えると、それは資本主義の話というよりも、「大きな政府の物語」と言った方がいいのでは。また、北欧のように大きな政府路線で一応成功を収めている国々もあり、話がいかにも大雑把なように感じました。多分、そこら辺を考察するには経済規模と性質、それと政府の大きさの関係についての理論が必要でしょう。
ただ、ボーターレス社会がここまで進んで、「何かが変わった」という直感は、多くの人が共感するところだとは思います。それが過去の変化に比べて極めて大きい変化なのか、今が一時的な混沌状態なのか今後も続くのか、その評価は私には分かりませんが。
アメリカを中心とした比較的最近の経済の考察は、大筋、筆者が言っている通りなのでしょう。というか、経済の営みというのは非常に巨大且つ複雑なので、「筆者の見方も大筋出来るだろう」とは思います。
ただ、本書執筆時期にも関係しているのでしょうが、「アメリカ金融帝国」に対する筆者の評価がよく分かりませんでした。グリーンスパンをかなり強く非難している一方、日本はアメリカのように金融帝国になることが出来たのに、そのチャンスを逸したと書いています。
また、アメリカ経済は極めて苦しい状態にあり、恐らく世界経済の主役に再び成ることは出来ないと書いている一方、金融帝国時代に増やしたマネーはまだ大量に残っているとも書いています。
つまり、アメリカの(世界の、でもいいかもしれないが)「国民」「国家」「資本」の三者のうち、資本は実は勝利しているが、国家と国民は苦境に立たされているというのが、筆者の言いたいことなのでしょうか。しかし、投資銀行が消滅し、ヘッジファンドが続々潰れている現状を見ると、資本も勝利したとはとても思えないのですが…。
ただ、水野氏の考察における武器は「バランス・シート」で、彼はそれによって早い段階からアメリカ経済崩壊も予見してきました。今息を潜めている数百兆ドルがあることは事実なのでしょう。経済の動きをあまり願望も込めず、冷徹にバランス・シートを使った分析をしていく様は、ある種鬼気迫るものがあります。彼の予見する未来も、大筋、そうなる蓋然性は高いでしょう。
しかし、やはり経済は経済それ自体が複雑系でもあります。例えば「アメリ金融帝国」も、あり得た経済のあり方の一つに過ぎなかったのではないでしょうか。また、個人的には、今後のアメリカの振る舞いも、かなり気になります。彼らは本当に皆が予想するようにおめおめと没落するでしょうか。良く言えば底力、悪く言えば凶暴性を発揮する可能性は大いにあると思います。
更に言えば、テクノロジーの進歩というのも、想像とは全く違う未来をもたらす可能性もあるわけですし。
まあ、こういう風にムキになって反論したくなる何かが、この本にはあるのですね。
水野氏が書いた、もう少しテーマを絞った、近未来をバランス・シートで量った本なんかを読みたいなと思いました。